第1章

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 小侍従はびくっと身体をこわばらせ、怯えたように眼だけであたりを見回した。 「もう、小侍従ったら。そんなにびくびくしていたら、よけいに怪しまれるわよ」  わたくしは御帳台の中へもぐり込んだ。  たしか今夜は、柏木は内裏で宿直(とのい)だと言っていた。 「早く帷を降ろして。誰か来ても、わたくしは具合が悪くて寝ていると言ってちょうだい」  そう命じて、わたくしは思わず吹き出して笑ってしまった。 「そうよね。昨夜は源氏の君が泊まってゆかれたんですもの。わたくしは一晩中寝かせてもらえなくて、疲れてるのよ」  白々しい言い訳。わたくしと源氏の君がそんな親密な間柄だなんて、誰一人信じないに決まっている。  けれど、これが世の夫婦の理想像だろう。うわさ好きの女房たちに、この話を盛大に広めてもらいたいくらい。わたくしと柏木との密会の良い隠れ蓑になるだろうから。 「まあ、紗沙さまってば……」  小侍従も小さく苦笑した。  けれど、なかなか帷を降ろそうとしない。いつまでも御帳台のそばでぐずぐずしている。 「早く帷を降ろして。灯明に虫が飛び込むわ」 「ええ、はい、その……」  不安そうにあたりをうかがってばかりいる小侍従に、わたくしは言ってやった。 「だいたい、源氏の君にわたくしたちのことを責める資格があるのかしら? あの方だって、朧月夜と密通したじゃない。帝の後宮へあがることが決まっていた女と」 「朧月夜尚侍と紗沙さまとでは、お立場が違いますわ!」  小侍従は半分べそをかきながら、小声で言い続けた。 「朧月夜さまは入内が内定していただけで、あとからいくらでも理由をつけて、反故(ほご)にできる状態だったんですのよ。でも姫さまは、源氏の君のもとへ正式にお輿入れなさったんです。三日夜(みかよ)の餅も召し上がって、所顕しの宴だって、お客さまを集めてあんなに盛大になさったじゃありませんか!」 「わたくし、食べてないわよ。目の前に出されただけ。あんなの、噛み切らずに飲み込むなんて、できるわけないじゃない」 「またそんなへ理屈を!」  わたくしはそっぽを向いた。そして柏木の手紙を開き始める。  帷が降ろされるのなど、待っていられない。 「姫さま……」  やむなく、小侍従は御帳台の帷を降ろした。  わたくしの姿をまわりから見えないように隠し、それでもまだ小侍従は、わたくしのそばを離れようとしなかった。
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