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小侍従はびくっと身体をこわばらせ、怯えたように眼だけであたりを見回した。
「もう、小侍従ったら。そんなにびくびくしていたら、よけいに怪しまれるわよ」
わたくしは御帳台の中へもぐり込んだ。
たしか今夜は、柏木は内裏で宿直(とのい)だと言っていた。
「早く帷を降ろして。誰か来ても、わたくしは具合が悪くて寝ていると言ってちょうだい」
そう命じて、わたくしは思わず吹き出して笑ってしまった。
「そうよね。昨夜は源氏の君が泊まってゆかれたんですもの。わたくしは一晩中寝かせてもらえなくて、疲れてるのよ」
白々しい言い訳。わたくしと源氏の君がそんな親密な間柄だなんて、誰一人信じないに決まっている。
けれど、これが世の夫婦の理想像だろう。うわさ好きの女房たちに、この話を盛大に広めてもらいたいくらい。わたくしと柏木との密会の良い隠れ蓑になるだろうから。
「まあ、紗沙さまってば……」
小侍従も小さく苦笑した。
けれど、なかなか帷を降ろそうとしない。いつまでも御帳台のそばでぐずぐずしている。
「早く帷を降ろして。灯明に虫が飛び込むわ」
「ええ、はい、その……」
不安そうにあたりをうかがってばかりいる小侍従に、わたくしは言ってやった。
「だいたい、源氏の君にわたくしたちのことを責める資格があるのかしら? あの方だって、朧月夜と密通したじゃない。帝の後宮へあがることが決まっていた女と」
「朧月夜尚侍と紗沙さまとでは、お立場が違いますわ!」
小侍従は半分べそをかきながら、小声で言い続けた。
「朧月夜さまは入内が内定していただけで、あとからいくらでも理由をつけて、反故(ほご)にできる状態だったんですのよ。でも姫さまは、源氏の君のもとへ正式にお輿入れなさったんです。三日夜(みかよ)の餅も召し上がって、所顕しの宴だって、お客さまを集めてあんなに盛大になさったじゃありませんか!」
「わたくし、食べてないわよ。目の前に出されただけ。あんなの、噛み切らずに飲み込むなんて、できるわけないじゃない」
「またそんなへ理屈を!」
わたくしはそっぽを向いた。そして柏木の手紙を開き始める。
帷が降ろされるのなど、待っていられない。
「姫さま……」
やむなく、小侍従は御帳台の帷を降ろした。
わたくしの姿をまわりから見えないように隠し、それでもまだ小侍従は、わたくしのそばを離れようとしなかった。
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