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「わたしだって、紗沙さまのお気持ちがわからないわけじゃありません。ただもう少し慎重に、お気をつけになってくださいませって――そうお願いしてるだけですわ」
小侍従の気持ちはわたくしだって、わかっている。ありがたいと思っている。
小侍従が仲立ちしてくれなければ、わたくしは柏木と文のやりとりもできないのだから。
でも……だからこそ。
小侍従にだけは、言ってしまいたかった。わたくしがいつも思っていることを。
「源氏の君が悪いのよ。権力ずくで無理やりわたくしをめとったりするから。裏切られるのも当然だわ」
「政略のために妻をめとる男は、源氏の君お一人じゃございません。廟堂でしのぎを削る殿方はみな、同じことをなさっておいでです」
小侍従はいつになく、苦しげにため息をついた。
「どうしたの、小侍従」
わたくしがうながすと、小侍従は少しためらい、やがて思い切ったように顔をあげた。
「わたし、聞いてしまったんです。ついこの間、夏の御殿で、あちらの女房たちとおしゃべりしてる時に――」
【小侍従の語れる】
わたしたち御殿仕えの女房にとって、女主人におもしろいうわさ話をお聞かせするのも、大事な仕事のひとつです。どちらの女君も、日頃はほとんど人付き合いもせず、薄暗い御簾の奥に閉じこもっているだけなんですもの。女房のもたらすうわさ話だけが、世間への窓なのです。
夏の御殿の女房たちは、女主人がおっとりとして地味な……いえ、心静かにお暮らしの花散里の御方ですから、やはり新しい情報やうわさ話に疎くなりがちのようで。
わたしみたいな情報通を、けっこう頼りにしているみたいなんです。
この前も、花散里さまがちょっとお昼寝されているあいだに、わたしは女房たちが集まる局に招かれて、いろいろとお話していました。
もちろん、紗沙さまのことは用心に用心を重ねて、何一つ漏らしてはおりませんわよ。源氏の君のお渡りがなくても、お恨みもせず、おっとりと子供っぽくお過ごしだと、もっともらしく嘘をついておきました。
そんな時、不意に夕霧中納言が局へお越しになられたんです。
「あらまあ、若さま」
女房たちは慌てもせずに、今さらながらのんびりと顔の前に扇をかざしたりしてましたわ。
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