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わたくしを殺すことだって、源氏の君には容易いはずだ。女というものはみな、家の奥深くに閉じこめられている。そこでなにが起きようとも、そう簡単に外部へ知られるものではない。わたくしが明日、突然命を落としたとしても、物の怪に憑かれたとか急の病とか、理由はいくらでもつけられる。源氏の君がそうなのだと断言すれば、それを疑う者はこの国にはいないのだから。
彼はなぜ、そうしないのだろう。自分を裏切った妻など、生かしておく価値はないだろうに。
それとも、源氏の君にとってわたくしはまだ、利用価値があるのだろうか。
そう考えて、わたくしはふと思い当たった。
わたくしはこの六条院で、もっとも若い女君だ。
ほかの女君たちはすでに三〇才を越えている。その年齢で身ごもった例もないわけではないけれど、ふつうはもう出産は無理と思われる年頃だ。
源氏の君ももう四〇才を過ぎているけれど、桐壺院が冷泉帝を授かったのも同じ歳の頃と聞いている。男の四〇と女の四〇は、違うのだ。
彼は、わたくしに自分の子を産ませようと思っているのかもしれない。彼の権力をより強固なものにするために、子供、特に娘は、一人でも多いほうがいいに違いない。
吐き気がした。
――誰が、この男の子供など。
わたくしを一人の人間として見ようともせず、ものも言えない赤ん坊のように扱う男。わたくしを見下し、嘲弄する男の子供など、どうして身ごもることができるものか。
鳥肌だつような嫌悪と憎しみを込めてにらんでも、源氏の君はただ悠然と扇をかざし、微笑んでいるだけだった。
そしてさやかに秋風の立ち始めた頃。
見事な満月が輝く夜、明石女御が、無事に男皇子を出産した。
「男だったか!」
源氏の君はじめ、六条院の人々はみな歓喜の声をあげた。
今まで屋敷中が息をつめて出産の成り行きを見守っていただけに、その喜びはまるで人々の感情が爆発したかのようだった。
すぐさま宮中から勅使が到着し、皇子にのみ許される御剣(みはかし)が授けられる。
産養(うぶやしない)の儀式が始まり、三夜、五夜、七夜、九夜と、盛大に続けられる。米が撒かれ、弓弦(ゆんづる)が鳴らされ、読書の儀のために宮中から名高い学者たちが招聘された。
主立った貴族から続々と祝いの品々が届けられ、宮中からも父となった東宮や、冷泉帝の手紙を携えた使者が何度も立てられた。
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