3人が本棚に入れています
本棚に追加
六条院全体がはなやかな祝宴の光に包まれる中、わたくしは忘れ去られたみたいに春の御殿の母屋にぽつねんと座っているきりだった。
「あちらでは、紫の上が朝も夜も皇子さまをお抱きして、お世話申し上げていらっしゃるそうですわ。まるで本当のお祖母様のように」
「そう――」
赤ちゃんには興味がある。わたくしもちょっと見てみたい、できるなら抱いてみたいと思ったけれど。
わたくしがのこのこと紫の上のもとへ行ったりなどしたら、彼女によけいな負担をかけることになってしまうだろう。
わたくしにとって甥っ子にあたるこの赤ん坊は、東宮にとって初めての男の子であり、冷泉帝に男子がいない現在、この子は将来の帝位継承者ということになる。
けれどこの子の誕生は、それ以上に大きな意味を持っている。
東宮が帝として即位したあかつきには、一の皇子を生んだ明石女御は間違いなく中宮に立てられるはず。
三代続けて、皇統源氏から中宮が立つことになるのだ。藤原一門以外から。
藤原一門の政治力はいっそう弱まり、皇統源氏が替わって完全なる廟堂の覇者となるだろう。
源氏の君の権力はもはや揺るぎない。やがて彼の血を引く皇子が帝になる。彼が思い描いていた権力図はまさに今、完成しようとしているのだ。
現在の東宮、わたくしに異母兄の生母、承香殿母后は藤原一門の出身だったが、すでに亡くなっている。彼女の実家である髭黒大将の家系と東宮とを結びつける輪が、切れてしまっているのだ。
そして今、東宮のそばにいる女、東宮に対し強い影響力を持てる女はただ一人。明石女御。
本当なら、明石女御が出産のために長いあいだ宿下がりしている今は、ほかの貴族たちには係累の娘を東宮の後宮に押し込む絶好の機会だ。だが誰もそうしようとしないのは、源氏の君が怖ろしいから。
冷泉帝の後宮でも、源氏の君にうとまれた王女御は、帝の寵をいただくこともできず、公卿や内裏の女官たちからも完全に無視されて、見るも哀れな状態だという。
そのことをくわしく話してくれたのは、古くから秋好中宮に仕える女房の一人だった。
【秋の御殿の女房の語れる】
こんにちわ。お邪魔しますよ、小侍従さん。
あら、姫宮さまはお休みでいらっしゃいますの? では、あなたも今だけは少し息が抜けるというわけね。
最初のコメントを投稿しよう!