第1章

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「小侍従。たびたびですまないけれど、今度は弁の君に会ってきてほしいの」 「弁の君にでございますか?」  なぜ、とも訊かずに、小侍従はうなずいた。 「たしか彼女は今、三条の太政大臣家にいるはずですわ。一条のお屋敷よりは監視もゆるやかで、わたしが入り込む隙間もございますでしょう」 「太政大臣家では、今回のことをどのくらい知っているのかしら。弁の君やほかの人がまだ本当のことをなにも知らないようだったら、よけいなことは絶対に言わないで。真実を伝えて、哀しみを深めたくはないわ」 「心得ております。少々お待ちくださいませ、紗沙さま。すぐに話を聞いてまいりますわ」     【弁の君の語れる】  え? 先だって柏木さまがどこへ行かれてたかですって? だからわたしは知りませんって言ったでしょ。女のところじゃないことだけはたしかですよ。  ええ、ですから、どうもお寺さんをあちこち巡っていたらしいって。牛車について行った者たちも、そう言っていましたし。  ……そう、そう言えば、誰かを捜していたみたい。一人のお坊さんを。たしか、そんなことをおっしゃっていたわ。誰やら、高貴な方の護持僧を勤められるような、徳の高いお坊さま。……さあ、名前までは――。柏木さまも、お名前はわからないままに探していられたみたいよ。  なにかご祈願されるようなことでもあるのかと思ってましたけど、どうやらそうでもなかったような。――まさかその方を導師として、髪を下ろされるつもりだったわけでもないでしょうけど。  そのお坊さまが見つかったか、ですって? ええ、そのうち寺巡りはぷっつりおやめになられたようだから、きっと見つかったんでしょう。ご病気になられるちょっと前、そう、冷泉院さまが突然ご譲位を発表される、ほんの少し前よ。  ほんと、どんなお坊さまを探してらしたのかしら。柏木さまは、詳しい話は誰にもしてくださらなかったんですよ。  その上、お亡くなりになる直前は、ずっと一条のお屋敷に行ったきりで。お父君お母君がどれほど柏木さまに会いたいと願われても、一条の御方さまはお断りになられたんですよ。
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