第1章

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 こちらからの見舞いの使者もお屋敷にあげてくださらず、乳母子のわたしですら、お亡くなりになるまでとうとう一度も柏木さまにお会いすることができなかったんですから。死に顔すら見せていただけないまま、鳥の辺で荼毘に付されてしまって……。ほんとにひどいわ。いくら北の方、帝の血を引く宮さまだからって、あんまりななさりようだと思わない?  その上、あの方、早ばやと別の男君を通わせてらっしゃるって言うじゃない。そうよ、夕霧さまのことよ。  夕霧さまは、未亡人になった一条の御方を慰めるって口実で、毎日毎晩、一条のお屋敷に通い詰めて、とうとう契ってしまわれたってもっぱらのうわさよ。  ひどいわ、あんまりよ。亡くなった夫の親友を、即座に次の夫にするなんて。しかも夕霧さまは、柏木さまの妹君、雲居雁姫の夫でもあるのよ。これじゃ柏木さまがおかわいそうすぎるわよ。  あなただってそう思うでしょ、小侍従さん。ねえ、そうだって言ってちょうだいよ。でないとわたし、わたし……。  弁の君の話を聞くとすぐに、小侍従にはもう一度西山のお父さまのところへ行ってもらった。今度はお父さまではなくとも、僧侶たちのあいだのうわさ話に詳しい人物なら、誰でも良かったのだが。 「柏木が死ぬ前に――冷泉さまがご譲位されたころに、宮中で中宮さまや主上さまの護持僧も勤めたこともある高僧が一人、死亡していないか。あるいは、山に籠もったか大陸を目指したかとかで、行方不明ということになっているかもしれないわ」 「かしこまりました。お任せくださいませ、紗沙さま」  短期間のうちに何度も何度も寺参りをする小侍従は、周囲に怪しまれないよう、まず、 「身ごもられた姫宮さまの体調がどうもすぐれないので、思いつく限りのお寺や神社に願掛けして回ってますの。あんなご様子ではとてもご出産には耐えられませんわ。どうか神仏のご加護がありますように。ああ、もう、心配で心配で」  と、大声で言いふらして行った。  そして小侍従は、山ほど護符やらお守りやらとともに、わたくしが確認したかった情報を持ち帰ってきた。 「たしかに一人、かつて冷泉さまの護持僧をつとめられたお坊さまが急に亡くなられたそうです。なんでも、薬草と間違えて毒のあるものを口にしてしまったらしいとか。身の回りのお世話を言いつかっていた童子まで、いっしょに死んでしまったそうですわ」 「そう……」
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