第1章

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「しかもその方は、藤壺母后さまのご信任もいただき、何度か病気快癒の祈祷も承ったことがあったそうですの。お母君からのご推挙をうけて、冷泉さまがご自分の護持僧に指名したということらしゅうございます」  母と子、二代にわたって護持僧を勤めた高僧が、突然不可解な死を遂げた。その異様な状況は、今は俗世に一切の関心を持たないお父さまでさえ、気にかかり、忘れられないものだったのだ。  わたくしと小侍従は互いに目を見交わし、黙ってうなずきあった。  あまりにも不自然な死だ。おそらく柏木に続いて、その僧侶も口をふさがれたのだろう。  護持の僧は、守護する高貴の方が眠っている間、片時も御帳台のそばを離れない。時には、悪夢にうなされてついこぼしてしまった寝言を聞いてしまうこともあるだろう。あるいは夢占やたとえ話にかこつけて、どうしても告白せずにはいられない罪科を、聞かされることもあったはずだ。  それらをすべて胸ひとつにしまい込んでおくのも、護持僧の大切な役目なのだが。  この世の中、全幅の信頼に足る僧侶ばかりではない。  おそらく柏木は、そういう僧侶の口から、彼がもっとも知りたがっていた情報を聞き出したのだ。――かつてうわさになった、冷泉帝の出生の秘密を。  亡き桐壺帝と、冷泉さまは、血のつながりが見てとれるほどには、似ていた。  でも……冷泉さまと、うり二つの人間が、もう一人、いる。  その人物はおそらく、桐壺帝にも似ていたことだろう。 「ねえ、小侍従。今度は秋好さまのところへ行ってきてちょうだい」 「秋好中宮のところへでございますか?」 「ええ。たしか今、冷泉さまの御所からこの六条院へお宿下がりしてきてるはずよ。紫の上さまのお見舞いに。あなたとよくおしゃべりしてる、あの古参の女房もきっと御所からお供しているんじゃないかしら」  わたくしは小侍従の耳元で、ぼそぼそと質問の内容をささやいた。 「それだけでよろしいのですか? はい……はい、わかりましたわ」  小侍従はそれ以上よけいなことは訊かず、すぐに立ち上がった。  秋好中宮は源氏の君の養女として、冷泉帝の後宮へ入った。  彼女の母はかつて六条御息所と呼ばれた女性。昔、東宮に立った皇子のもとへ入内し、一人の姫宮を生んだが、夫に先立たれて後宮を離れた高貴な身の上だった。
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