第1章

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 数多い源氏の君の愛人の中でも自尊心が高く、怜悧な才女だったが、源氏の君より七才も年上だったためか、大勢の愛人たちや正妻と競い合うのに疲れ果て、自ら源氏の君に別れを告げたという。  ただその別れが、ちょうど源氏の君の正妻である葵の上の死と重なったため、その当時は、彼女の生き霊が葵の上を憑り殺したなどと不穏なうわさも流れた。  その後、母御息所を亡くした秋好中宮は、母の遺言に従って源氏の君の養女となり、そして女性にとってはこの国で最高の地位である、中宮にまで登りつめたのだ。  不幸なことに、秋好中宮自身は、冷泉帝の皇子に恵まれることはなかったけれど。  やがて、小侍従はわたくしが予想していた通りの答を持って帰ってきた。 「紗沙さまのおっしゃったとおり、六条御息所さまは、源氏の君の恋人たち、通いどころのほとんどを把握していたそうですわ」 「そう、やっぱり!」 「六条御息所さまのおそばにも、とても有能な女房が何人もいて、その当時の源氏の君のお側仕えを抱き込んで、源氏の君がお出かけになる時は、その行き先、日時、逐一細かく報告させていたのだそうです」  抱き込む方法には、女ならではの罠を使ったのだろう。男たちが女たちの情報網を利用するために近づくように、女たちもまた、男たちの好色心を利用して、自分たちに必要な情報を集めるのだ。  おそらく六条御息所だけではなく、紫の上も、明石の君も、自分以外の女たちのことを知っていただろう。たとえ女主人が何も言わなくても、そばに仕える女房達が、必ず情報を集めてきたはず。  だって女どうしだもの。主人同士に競争心や互いへの嫉妬があるように、仕える女房たちにだって、お互い張り合う気持ちや敵愾心があって、当たり前だ。  でもその情報を、紫の上や明石の君に今も仕えている女房たちから聞き出すのは、さすがに小侍従にも難しいに違いない。  だからわたくしは、小侍従を秋好中宮のもとへ行かせたのだ。  中宮本人は源氏の君の養女で、その寵愛には無縁だ。けれど彼女のもとには、必ず母親の代から仕えている古い女房がいるはず。中宮は賢く沈黙を通して母の名誉を守っても、その古い女房から、源氏の君の過去を聞き出せるだろう。そう思って。  そして小侍従は、わたくしの思惑どおり、欲しい情報をすべて聞き出してきてくれた。
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