第1章

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 突然のお便りをお許しください。お会いしたこともない方にこのような文を差し上げるなど、さぞ非礼なこととお怒りでしょう。ですが、今のわたしどもには、貴女さま以外にご相談申し上げられる方がいないのです。  わたくしは一条のお屋敷で、女二の宮さまに親しくお使いいただいている女房でございます。お屋敷では、小少将と呼ばれております。  今、わたくしは夕霧大将の目を盗んで、この文をしたためております。本来なら一条御息所さまか女二の宮さまが、お妹君の女三の宮さまにお文を書かれるべきなのでしょうが、お二人の回りには夕霧大将が手配した監視の目が厳しく光り、自由に筆をおとりになることさえ、許されないのです。  お気の毒に、一条御息所さまはご心痛ですっかり体調をくずされて、寝込んでしまわれました。夕霧大将が陰陽寮からお呼びよせになった薬師(くすし)や咒禁師は、柏木の殿を診察しているのではありません。御息所さまのお手当をしているのです。  これはどういうことなのですか? なぜ柏木の殿は、あのような変わり果てたお姿で六条院からお戻りになられたのでしょう。女三の宮さまならば、くわしいご事情をご存知でらっしゃるのではないでしょうか。  夕霧大将はなにも教えてはくださいません。ただわたしたちに固く口止めをして、ご自分はさも柏木の殿がまだご存命であるかのように振る舞っていらっしゃいます。見舞いと称して一条のお屋敷に足繁くお通いになり、わたしどもが外部の人間と接触することのないよう、見張っておられるのです。  女二の宮さまは、一時たりともその監視の目から逃れることができず、まるで囚われ人のような有様なのでございます。  宮中からの使者や太政大臣家からのお見舞いを門前払いにしたのは、すべて夕霧大将のご指示です。時に夕霧大将はご自分で、見舞いの文へのお返事を代筆なさったりしておられます。それも、気味が悪いくらい柏木の殿の筆跡そっくりに、病で筆が乱れる様子まで真似てしまわれるのです。あれでは実のご両親がご覧になっても、偽手紙とは見抜けないでしょう。  お教えください、小侍従さま。あの試楽の夜、六条院でいったいなにがあったのですか?
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