5人が本棚に入れています
本棚に追加
わたくしは小少将の手紙になんと返事をやればよいか、考えつかなかった。だって真実はまだ、わたくしにもつかみ切れていないのだから。
そしてわたくしや小侍従が返事を書けば、それはきっと夕霧に見つかり、取り上げられてしまうだろう。わたくしたちだけではなく、小少将やお姉さままで危険にさらしてしまう可能性がある。
今はまだ、目立つことはできない。
「夕霧さまは、病床の柏木さまとお文のやりとりをなさったと、その手紙を主上にもお目にかけたそうです。宮中で働く女房たちが、うわさしていましたわ」
「その文も全部、夕霧が書いているのね。お兄さま――主上は、同じ人間の筆跡(て)だって気がつかれないのかしら」
自分で言って、わたくしは自分で小さく首を横に振った。異母兄(あに)はそこまで鋭い人間ではない。英明で観察眼に優れた冷泉さまならともかく。
「太政大臣家の家人や女房たちも、真実を知る者はほとんどいないようです。柏木さまは一条のお屋敷で闘病中だと思い込んでいるみたいですの。弁の君と何度か手紙をやりとりしました。夕霧さまの北の方、雲居雁さまも、お兄君はまだ生きておいでだと信じておられますし」
そうやって、六条院でも、太政大臣家でも、柏木がまだ病床で生きているかのように取り繕い、もっともらしいうわさを流す。
「柏木さまのご容態ははかばかしくないようですわ。回復が遅れたため、内裏にもとうとう辞職願いを提出されたとか」
「主上はそれをお引き留めあそばして、反対に大納言の位を贈られたそうですの」
真実はすべて隠された。
柏木の死は、六条院とは無関係。彼の発病が、源氏の君と結びつけられて考えられることはない。
わたくしは、柏木の死を嘆くことすら許されなかった。
物の怪がついた、との夕霧の一言が、わたくしが何を言おうとも、すべてでたらめにしてしまう。誰もわたくしの言うことを信じようとしない。
わたくしのこの涙も、単に物の怪が流させる意味のないものとして扱われ、ともに嘆いてくれる者すらいないのだ。
柏木の死が公表されたのは、それから一月あまりも経ってからのことだった。
六条院での試楽のあと、流行り病に倒れた柏木は、一条の屋敷で高熱に苦しんだのち、親元に引き取ろうとした太政大臣の手も間に合わず、手厚い看護の甲斐もなく息を引き取った、と。
死因はあくまで病死。死亡日時もいつわりの発表がされたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!