第1章

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 そしてようやく葬儀が行われ、大納言となった柏木の遺体は荼毘に付された。  ……その亡骸も、今となっては本物の柏木だったかどうかわからない。もしかしたら柏木の亡骸は、先にひっそりと火葬され、埋葬されていたのかもしれない。  頼みにしていた長男に先立たれた太政大臣は、その嘆きと心労に一気に老いやつれ、かつての面影もなくなっていたという。そして間もなく、内裏でのすべての職を辞し、政治の表舞台から完全に引退した。  廟堂に残ったのは頭の弁(とうのべん)、兵衛の佐(ひょうえのすけ)など、柏木のまだ若く未熟な弟たち。  年令は夕霧とさほど変わらないものの、親の七光りで何の苦労も知らずに出世してきた彼らは、早くから宮中の荒波に揉まれ、実力で昇進を掴んだ夕霧とは、肩を並べるべくもない。上位にある髭黒大臣は夕霧と玉鬘にうまく手綱を握られ、皇統源氏の言いなりだ。夕霧と対抗できるのは柏木だけだったのだ。  早くも内裏は次代の勢力地図が定まってしまったと、そんなうわさが流れていた。  間違いない。  皇統源氏は勝利をおさめ、藤原一門は敗北したのだ。  勝者の権限として、この犯罪は完全に覆い隠された。  ――けれど、なぜ?  勝者と敗者の図はわかる。  でも、なぜ柏木は殺されなければならなかったの!?  なぜ。  誰が、ではない。それはもう、疑いようがない。  疑問はただひとつ。「なぜ」。  わたくしと密通したことを裁かれたのか。  ――そんなはずはない。  たしかに他人の妻を盗むことは罪だけれど、源氏の君にそれを裁く資格はない。帝への入内が決まっていた朧月夜と密通し、彼女が尚侍として出仕したあとも、ずるずると禁じられた関係を続けていた彼に。  第一、不義を罰することが目的なら、なんで試楽の宴などという派手な舞台を選ぶ必要があったの。もっと目立たぬよう、ひっそりと柏木の命を奪うこともできたはずなのに。そしていまだに、わたくしになんの罰も与えられていないのは、何故?  では、廟堂での争いの結果?  柏木は手紙に書いていた、必ず源氏の君に勝ってみせる、と。  けれどやはり、それはかなわなかったのだろうか。  二人のあいだに、皇統源氏と藤原一門とのあいだにどんな闘いがあったのか、わたくしには知るすべもないけれど。  敗北の代償に、柏木は毒杯を与えられて……。  まさか、そんなことが許されるの?
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