第1章

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「どうして、欲しいと望んだ女(ひと)には子供が恵まれず、望んでもいない人の腹に子供ができるのだろうか」  と、言ったらしい。  おそらくそれが、彼の本心だろう。  望まない子供の誕生を、源氏の君がただ指をくわえて待つだろうか。  西の対の女房たちがどこまで知っているのか、源氏の君から何を命じられているか、わからない。  けれど周囲の人間たちすべてが、わたくしを見張っているように思える。小侍従以外の者すべてに疑いの目を向けざるを得ないのだ。  負けるものか。  この子を無事に出産するためなら、わたくしは何だってできる。  わたくしはそっと小侍従を招き寄せ、小声でささやいた。 「ねえ小侍従。お父さまのところへ行ってきてほしいの」 「え? 朱雀院さまのところへでございますか?」 「ええ。聞いてきてほしいことがあるのよ」  そう、お父さまならきっと知っているはず。かつてささやかれたという、冷泉さまについてのうわさを。  手紙で問い合わせるわけにはいかない。お父さまからの手紙は、源氏の君もすべて目を通す。そしてどんな返事を書けば良いかまで、わたくしに指示をする。  わたくしはあたりさわりのない時候の挨拶を文にしたため、小侍従に持たせた。  小侍従は衣装をととのえると、緊張を押し隠し、六条院を出ていった。  じりじりしながら待ち続けること、半日。  日が暮れる頃になってようやく、小侍従は戻ってきた。 「ああ、気分が悪い。お願い、わたくしを一人にしてちょうだい」  具合が悪いふりをして、女房たちを追い払う。 「大丈夫でございますか、紗沙さま。気をしっかりお持ちあそばして!」  小侍従はかいがいしくわたくしの世話をするふりをしながら、御帳台のそばへ近寄った。  そして。 「うかがってまいりました」  声をひそめ、小侍従はささやいた。  周囲を気遣い、少しでも物音が聞こえると、お互いすぐに口を閉ざす。そんなことを神経質に続けながら、わたくしは小侍従の報告を聞いた。 「朱雀院さまははっきり覚えていらっしゃいましたわ。――冷泉さまは、ご誕生が予定より一月半も遅れたのだそうです」 「一月半!?」 「ええ。出産のご予定は十二月の末だったのに、お生まれになったのは二月十日。その当時から、いったいどんな怖ろしい怨霊の仕業かと、かなりうわさになったそうですわ」 「そんな、ばかな……」
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