第1章

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 それに、〈アルトマルク〉が定常1G加速を実現するために搭載している低熱演算エンジンの基礎理論だって、彼らがいなければ解き明かせなかっただろう。宇宙船の船員の食い扶持は、彼らのおかげで稼げていると言い換えることもできる。ルクスは座っていた回転いすの背に身を預けて背伸びした。考えても仕方のないことだ、と思いなおす。結局、この広すぎる宇宙を作りだした何者か、が存在するのなら(神?)、そいつのせいなのだ。人間は悪くはない。  システムの自己診断が終わった。異常なし。もっとも、“壊れざる機械”《ルビ:アンブロークンマシン》と言われるドレクスラーマシンをシステムに組み込んだ〈アルトマルク〉に異常が起こることは考えられない。結局、こうした手順は保守主義の弊害でしかないのではないか。  ルクスは停滞棺(ルビ:ステイシスベッド)に戻るため席を立った。一秒でも人生の損失を短くするために、急いで棺の中に戻りたかった。 「ルクス、通信が届いています」  席を立ったルクスは呼び止めたのは、〈アルトマルク〉の総合管制システムに与えられた仮想人格、アルトだった。より正確な表現では対人コミュニケーション・エミュレーターと呼ぶべきシステムである。アルト自身は、船員との円滑なコミュニケーションを任務としているが、その背後にあるコンピューターの機能は船の航行から停滞棺(ルビ:ステイシスベッド)に眠る荷物の管理、船体の保守など多岐にわたる。〈アルトマルク〉の船員が、ルクス1人だけしかいないのは、“壊れざる機械”《ルビ:アンブロークンマシン》によるハードウェアと高度に発達したソフトウェアの2つが大きな理由だった。 「通信? どこから?」  ルクスは驚きで自然と声が大きくなるのを抑えられなかった。亜光速で運動している〈アルトマルク〉が通信を送信することはあっても、受信することはないと思っていたからだ。〈アルトマルク〉からの通信波が狙う目標は、巨大な地球やノイエスラントといった惑星だから、通信波の照準はそれほど難しくはない。しかし、惑星からの通信波は2光年、約19兆キロ離れた全長4キロの〈アルトマルク〉を狙い打たなければならない。それは不可能ではないが、無駄が多い行為だ。だから、ルクスは受信した事実に驚くと同時に、送信者の情報を欲しがった。
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