第1章

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もしかしたら、近くを航行している船からかもしれない。その必要性には疑問を感じるが、地球からの通信よりはあり得そうだ。それでも、通信が行われた理由は分からない。救難信号のような緊急性の高いものなら、受信した時点で起こされているはずだ。 「送信は太陽系、普遍倫理審判団、宛先は本船となっています」 「タイタンの? なんで、あんなところから」 ルクスは声が渋くなるのを抑えられなかった。席に戻ってスペクトラム変換で暗号化された通信文の解読を始める。普遍倫理審判団と言えば、太陽系宇宙空間の司法と治安を司る、いけ好かない団体だ。その機能は公宙の支配と言い換えてもよく、社会集団、経済主義、信仰、進化の方向などあらゆる形で分極化し、小集団の集合体と化した人類世界でもっとも力を持った組織である。 通信の暗号プロトコルは、かなり高度なものだった。多重化された通信帯域の幅を決定するのに248ケタの素数コードを使い、それから送信されてきた情報を開くのにルクスの個人IDを照会し、最後にルクスの量子状態を暗号鍵とする生体キーをA?ブレイン《ルビ:拡張頭脳》の端末から送り込んでようやく通信文を開くことができた。その手順が秘匿性の高い情報を送信するためのものであることは明白で、ルクスは戦々恐々としながら情報を読み始めた。   「〈アルトマルク〉乗船のルクス・フレーゼ船務員へ。普遍倫理審判団第12審問管区より通達する。貴船の軌道進行方向に存在する新たに確認された、未登録の亜光速航行物体について――」  そのあとに続いたのは、太陽系を中心にバーナード星系を片方の端においた、中核宙域(ルビ:コアスペース)の宙図だ。太陽系から10光年以内の距離にある近在恒星系世界を示す宙図には、〈アルトマルク〉の航行する軌道と、それを後方から追いかけてくる航行物体の軌道が描かれている。  通信の内容を要約すると、どうやら〈アルトマルク〉は何者かの追跡を受けており、今のままではバーナード星系に到着する前に、追いつかれてしまうだろうから、捨てられるものは捨てて逃げなさい、というようなものだった。
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