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ルクスは呆けたように口を閉じられなかった。追跡してくる航行物体は、0.4光速を越える速度で追跡してくる。こんなスピードを持った物体の動きを示すのは、明らかに人工物体だ。送付されてきた情報によると、その航行物体の推進ガスを辿って明らかになった軌道は、太陽系辺境、オールトの雲の最外縁から伸びている。驚きの方が先行したが、つまり、こいつは昔懐かしの宇宙海賊らしい。
恒星間宇宙を渡る船は、その多くが亜光速で移動している。その時、もっとも危険なのはデブリとの遭遇だった。ほんの数ミリのデブリでも、亜光速で衝突すれば相対論的なエネルギーを生み出し、船は原子の塵と化してしまう。だから、恒星間航行船は特に物質密度の濃い冥王星より内側の太陽系領域ではなく、より外側の安全なオールトの雲の中から亜光速に向かう加速を開始する。反対に恒星間宇宙から太陽系へと向かって減速するときも、オールトの雲の中で行う。太陽系最外縁領域は、一種の交通ジャンクションのような役割を果たしているのだ。
交通量の多い宙域には、さも当然のようにそれを狙った掠奪者たちが集まった。個人、艦隊など規模はさまざまではあるが、総じて彼らは宇宙海賊と呼ばれている。その起源は人類がラムスクープエンジンでゆっくりと宇宙への旅を始めた時代までさかのぼる。彼らはオールトの雲の中を比較的はやい速度で公転し、加減速中のゆっくりと航行している船を襲った。その勢力は、25世紀に普遍倫理審判団の宇宙艦隊と艦隊決戦を行うまでに成長したが、26世紀のマグヌス・“シュベルドジーク《ルビ:勝利の剣》”・ドニエストル卿による掃討作戦で著しく縮小した。27世紀の現在、彼らの存在は半ば伝説と化してはいたが、ほそぼそと家業を続けている集団も残っていた。
彼らの獲物は、26世紀以降、オールトの雲を航行する船から、恒星間宇宙を航行する船へと変化していた。低熱演算エンジンの普及によって、それまでの質量と交換する推力の限界から解放され、より広範囲で柔軟性の高い軌道設定が可能になったためだ。もっとも、恒星間宇宙を渡るコストは安くなったとはいえ、まだまだ高額だ。海賊の襲撃も採算の取れる獲物に対してしか行われることはなく、ごく珍しい出来事となっていた。
そのごく珍しい一例に、ルクスは遭遇してしまったらしい。
「で、どうしろというのかしら?」
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