二十三章 越境

20/24
44922人が本棚に入れています
本棚に追加
/1716ページ
   五冊ほど手にしたリューティスは、他にもいい本がないかとさらに探す。 「メイリーがどうたらこうたらってリュースが返り際に言ったら、あの野郎、ぎょっとした顔してやんの。思わず吹きそうになったわ」 「メイリー? メイリーっていうと温度調節魔方陣とか種族特定式とかのメイリー?」 「なんじゃそりゃ」 「魔方陣技術師の間じゃ有名な人よ、 ほら、ここの天井にも描いてあるあの魔方陣、温度調節魔方陣っていうんだけど、部屋の温度を一定に保つの」 「あー、聞いたことはあんな。で、それを開発したやつがメイリー?」 「そうそう。メイリーっていうのはあくまで著者名で、誰も本名を知らないんだけど……」  新に面白そうな本を見つけ、棚から抜き出した。召喚魔方陣についての書物である。 「──数ヵ月前にメイリーって名乗る人物と会ったっていう魔導機職人がいるのよ」  ぴたり、と手を止めて横目で店主を見る。まさかあの時のことが噂になっているのだろうか。 「何でもその人はまだ学生で、銀髪に綺麗な顔をした少年だったんだって。十数分で明かりの魔導機の魔方陣を手本も見ずに描きあげて、よく見たら魔方陣技術師の中でも極一握りの人しか描けないような複雑で難解な魔方陣が刻まれてたそうよ」 「……学生? 銀髪……」  レイガンの視線がこちらに向いた気がしたが、リューティスはそれに気がつく素振りは見せずに棚へと手を伸ばす。  あの時、特に口止めもしていなかった。だが知れ渡ったところで何か支障があるわけでもない。間接的にリューティスの正体に繋がりかねないが、噂は所詮、ただの噂だ。魔人やその他敵対する人物に、リューティスが学園に通っていた人物と同一であると確信されなければ問題ないのである。  ギルドの仕組みすら理解しようとしなかった魔人があやふやな噂を聞き付けられるとは到底思えず、またあの店の店主がリューティスの一言を広めるわけがない。  上客を求めそれ以外を切り捨てようとするいかにも自尊心の高そうなあの男が、自身の勘や目が狂っていたと思われるような噂を自分から流すはずがないのだ。あの台詞をなかったことにしてメイリーの正体を探ろうとすれば、意図的に正体を隠していることが明らかなこちらがあの店に自身の著書を仕入れできないようにさせる可能性があることくらい、あの男でも理解できるだろう。 .
/1716ページ

最初のコメントを投稿しよう!