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すると伯爵が彼の背中に手を回し、相好を崩して淑子さまと私を交互に見やった。
「こちらも紹介しよう。これは私の息子の京(きょう)。やっと学校を卒業してね、これからは小笠原家を支えていくことになろう」
(伯爵の息子さん? こんな不作法な人が!)
声が出ない私の代わりに、淑子さまが嬉々として答えてくれる。
「お噂は父から聞いていますわ。一高をご卒業なさった、大変な秀才ですとか」
「いいえ、僕はそんな大層な者ではありませんよ。なんとか卒業にこぎつけた未熟者です」
「まああ、いやですわ、ご謙遜を!」
トーンの跳ね上がる淑子さまに静かに微笑んで、まだ続く彼女の話にもニコニコと相槌を打っている。
その様は正に紳士、先ほどとは全くの別人。
(お父様の前だからこんな風に猫を被ってるのね……性格悪い)
そう思うのに、柔らかな微笑みやちょっとした仕草から目が離せない。
低いのに優しく響く声の色に、トクトクと鳴る私の胸の鼓動はどんどん早くなっていく。
「ところで、そちらのお友達はずいぶんとおとなしい方ですね。さっきから淑子さんの後ろに隠れたままで」
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