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自分だって華族の末端とは言え、四条男爵家の娘。
伯爵家のお招きに、女学校の制服のような装いでは失礼にあたるのだろうかと少しだけ不安になる。
(まあ、今さらね。私、あんな豪華なドレスなんて持ってないし。それに今日は代役だもの)
淑子さまが居なくなって一人きりになった部屋に、内緒のため息をひとつ。
そして私は、もう一度鍵盤に両手を乗せた。
『ピアノの為のさくらさくら幻想曲』
これは女学校の音楽の先生が、私たち生徒の為にピアノ用として作曲してくださった曲。
昔ながらの『さくらさくら』という筝曲をピアノ用に編曲したもの。
ひらひらと舞う桜の花びらを思わせる、綺麗で儚げな旋律。
それが、拙い自分の指から生まれて部屋を満たしていく……。
(私……ピアノは下手だけど、この曲は好き……)
その時、部屋のドアが無遠慮な音を立ててパッと開いた。
淑子さまが戻ってきたのだろうと、『さくらさくら』を弾く手を止めることなくドアの方を見て──息を飲んだ。
「……桜の天女が弾いているのかと思ったら……ははは。なんだよ、天女じゃなくて小人、いや座敷わらしか」
「なっ……!」
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