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ドアを片手で押し開け、そこに立っていたのは若くて背の高い男性。
予想外の人間の登場とあまりの失礼な発言に、私の演奏は当然のように中断される。
「なんだ、やめるなよ。チビの座敷わらしにしちゃ、なかなか風情がある音だ」
「あ、あの、どなたですか……」
そう言うのが精一杯。
驚きと腹立たしさと、なによりその人のあまりにも綺麗な造形に、お腹と胸の中がひっくり返ったように騒いでいる。
「人に素性を尋ねる時は、まず自分から……が礼儀だろう?」
ニヤリとからかうように笑った唇は緩やかな稜線を描き、一見鋭い印象を持った切れ長な目元は、長いまつ毛と黒目がちな瞳で柔らかく見える。
軍服にも似た襟の締まった背広は、お父様が公式の場に用いる洋装によく似ていた。
「わ、私、今日こちらでピアノを披露することになっていて……それで、あの、このお部屋で練習させていただいてから、いわゆる控え室としてお借りしていた訳で、決して怪しい者では」
要領を得ない説明は、頭の中までひっくり返っているからに他ならない。
するとその人はふと振り返り、廊下に向かってなにやら一言二言つぶやいた。
「……ああ、わかってる。すぐ行くよ」
そしてまたこちらに向かって、今度は人懐っこく微笑む。
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