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「怪しいなんて言ってないだろ。どっちかって言うと、イイモノ見つけたような気分だ。じゃあまたな、桜の座敷わらし」
そう言い残してあっけなく閉められたドア。
きちんと名乗ることも、花の女子学生を座敷わらしに喩えられた抗議も出来ないまま、部屋は元のように静まり返った。
(なんて……なんて失礼な人! あの人も招待客の一人なのかしら……だとしたら、きっと親御さんを悩ませている道楽息子に違いないわ)
華族のご子息と言えど、みんながみんな紳士とは限らない。
かくいう自分もまだ淑女の部類には入らないかもしれないけれど、それでも初対面の人にあんな不躾な態度は取らない!
ピアノの前で頬を膨らませていると、またドアが開いて今度こそ淑子さまが戻ってきた。
「ああ……どうしましょう、もう時間だわ。行きますわよ美春さん、心の準備はよくって?」
私の顔を覗きこんだ彼女が、ビクッと一歩後ずさる。
「ど、どうなさったの? 頬袋に種をいっぱい貯めたリスみたいなお顔になってますわよ!」
座敷わらしの次は、頬の脹れた小動物。もうなんとでも言ってください。
「……淑子さま、おかげさまでなにやら胆が据わりました。参りましょう」
怪訝に眉をひそめる淑子さまを尻目に、私は譜面を掴んで勢い良く椅子から立ち上がったのだった。
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