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がらりとドアの音がした。 沢山の目が彼を捉える。 暗い茶色の髪はポニーテールで、ショッキングピンクのカーディガン。 それだけなら女子に見えないこともないが、彼の下半身は男子用のスラックスだった。 そのだぼっとした男らしくない見た目にも多少気に障ったのだろう。 ただでさえ機嫌が良いところを見たことがないと定評のある歴史担当の先生は、不機嫌極まりないといった顔で遅刻者を睨んだ。 当の本人はといえば、相手の様子などまったく意に介していないらしく、平坦な声で言った。 「えーと…迷っちゃって」 更に先生の雰囲気が険しくなる。 この後のとばっちりを考えると頭を抱えたくなった。 名前を言えと学級名簿を開く先生が刺々しく言い放つ。 その言葉ではっとした。 自分はこの生徒を知らない。 「つつじもり、です」 やはり彼が名乗った名前には聞き覚えがない。 もしかして、と手を挙げて立ち上がった。 「あっあのっ…もしかして、て、転校生かも…しれません……」 はっ?!と先生の声が裏返った。 うん、と本人も呑気に頷いている。 彼はチョークを手に取って、かっかっ、と小気味良く黒板を鳴らす。 その音を追っていく内に、首を伸ばして様子を伺っていた生徒達が段々微妙な顔に変化していく。 (チョークの音長え…) (どんだけ画数多いんだよ…?) (何?何書いてんの?) (なんとか、森……) (名字が凄すぎて逆に名前が読みづれえ…!) いくら声を潜めようと皆が皆喋っていたら当然ざわざわと騒がしくなる。 気まずい雰囲気の中、彼はくるりとこちらを向いた。 躑躅森 悠の字を背景に。 「つつじもり、ゆう、です」 それだけ言うと黙ってしまったので、また妙な空気がじわじわと広がる。 先生はもう耐えられないと言いたげに彼へ着席を促した。 空いている席は窓際最後尾の一つだけ。 刺さる視線を何とも思っていないように平然とすり抜けて、彼はそこへ着席した。 座るタイミングを見失って、一部始終を立ちっ放しで眺めていたら、先生に八つ当たりともとれる指摘を受けた。 慌てて腰を下ろして、授業を再開した先生の目を盗んでもう一度彼を見る。 光の溢れる窓際で頬杖をつく彼は、まるで微睡む猫のようだった。 (ぴんくのねこ…)
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