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台所のテレビには、衛星画像の日本列島と、その南岸に巣くう大きな渦が映し出されていた。
アナウンサーが緊迫した面持ちで、発達した超大型の台風が紀伊半島沖にあり、明日の昼過ぎには関東を直撃する可能性があると告げている。
留美は、もう心を決めていた。
「お父さん、明日の朝帰るから、駅まで送ってくれない?」
「あれまあ、台風が来るってのに」
母さんが夕食の皿を洗いながら、口をとがらす。
「わざわざこんな日に帰らなくてもいいじゃない。天気が落ち着いてからにすれば」
「どうしても帰りたいんだ」
「言うこと聞きなさいよ。それとも、明日帰らなきゃいけない理由でもあるの」
「うん」
「急に帰ってきたかと思えば、また急に戻るって言って。あんた思いつきで行動してるんじゃないでしょうね。いいかげん何があったか話しなさいよ」
「それは、また今度ちゃんと話す」
「全く心配ばかりかけて、この子は。本当にどうしようもない。とにかく明日は危険だから帰さないからね」
「じゃあ、歩いて駅まで行く」
母さんは、腰に手を当てて仁王立ちのポーズを取った。
険しい顔で何か言おうとして、ふっと力を抜き、留美に背を向けた。
「もう、勝手にしなさい」
留美が一度決めると人の言う事を全く聞かない事は、家族みんなが知っている。
昔は母さんと激しく言い争う事もあったが、今はもう諦めているようだ。
「何時に出る」
二人のやり取りをよそにテレビを見ていた父さんが、留美を見ずに尋ねる。
「始発の電車に乗りたいの」
「じゃあ、今日は早く寝なくちゃな」
父さんは席から立ち上がると、部屋を出ていった。
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