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慧がモゴモゴと漏らした言葉に、俺は気恥ずかしくなり、つい慧の額を小突いてしまった。
「おだてても何も出ないぞ。あ、今晩の食事代は出すけどな。」
すると慧はふわっと微笑んで、肩を竦める。
「フフフッ、それならもっといいお肉買っておけばよかったかなぁ?」
そんなことを言う慧の柔らかな髪をくしゃりと撫で、俺は着替えるために寝室に向かった。
今晩もあいつは泊まっていくんだろうか?
最近、あいつはうちに泊まっていくことが多かった。
泊まっていくって言っても……ヤることヤって、気絶するみたいに寝るだけだったが……。
とにかく、あまりうちに入り浸りっていうのも、どうなんだろう。
俺は単身者としてここの部屋を契約してるわけだし、慧だってこんなに毎晩家を開けっ放しなのはよくない。
いっそ二人で借りられる部屋を…………
いや、それは無理か。
いくら学部が違うとはいえ、あいつは俺の勤務先の大学の学生だ。
直接教えてるわけじゃなくても、教え子と同居はまずい。
もし、俺が慧の同級生だったら……
考えても無駄なことだ。
いまさらどうなることじゃない。
でも、もし俺が慧の同級生だったら、こんなことで悩まずルームシェアできた。
教師と生徒という関係でなければ……。
「うまくいかないもんだなぁ……。」
思わず口から出てしまった言葉に、俺は腹が立つ。
人を好きになると、どんどん欲張りになるのが人間だ。
理花の件でそれはよく分かってるはずなのに、なんで俺はその欲を自重できないんだろう。
なんで、相手の全てを欲しくなってしまうのだろう。
ましてや、その相手というのは、本当に俺のことを好きなのか分からないのに……。
薄暗い寝室に響く大きな舌打ちをしたとき、リビングの方から慧が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「侑哉さーん!冷めちゃいますよー?」
あと何回
あと何回、お前は俺の名前を呼んでくれるのだろう。
俺はあと何回、お前の口から俺の名前を聞くことができるんだろう。
幸福感と同等の不安に背中を押され、俺は寒々しい寝室から、慧と温かな食事が待つリビングへ、重い足を引きずっていった。
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