第1章

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するとおもむろに神成慧が尋ねてきた。 「先生はいつも自分で食事作ってるんですか?」 「まあな。独り身だから自分で作るしかないし。ああ、でも外食も多いよ。」 「へえ……ちょっと意外。」 「意外?そうか?」 「先生って女子に人気だし、モテるだろうなって思ってたんです。だからまず独り身ってところに驚き。それに彼女とかがせっせと料理作りにきてるイメージだったから、自分で料理してるところに驚きです。」 「なんだそのイメージ。残念ながら俺はモテないよ。」 「ふふっ、分からないですよ?先生が気が付いてないだけで。あとね、もうひとつ驚いたのは、こんなふうに僕にご飯出してくれたり、コーヒー淹れてくれたこと。先生って自分の生活圏に他人を入れなさそうだから、ちょっとびっくりしました。」 それは俺自身も驚いていた。 神成の言う通り、俺は他人を家に上げたりはしない。 まあ昨晩は酔ってたわけだから、神成を家に上げたんだろうが、こうして食事を出してやるなんて、自分でもびっくりだ。 なんでだろう。 単なる気まぐれか、理花のことで思いの外心が弱って人恋しくなっていたか……。 目の前で幸せそうにもぐもぐと口を動かす神成を見ているうちに、俺はふと気が付いた。 何かに似てると思ったら、実家で飼っていた犬だ。 数年前に死んでしまったポメラニアンのぽん太は、茶色くて、ふわふわしてて、人懐っこくて、うまそうに飯を食う。 だからなんだか放っておけなかったのかもしれない。 急に可笑しくなってぷっと噴き出すと、神成は首を傾げた。 そのしぐさも、どこかぽん太に似ている。 (そっか、ぽん太に似てるのか。) 神成は困った顔でさらに俺をじっと見つめる。 「僕、なんか変なこと言いました?」 「いやそうじゃない。ごめん、気にするな、思いだし笑いだから。」 「はあ……。」 俺は最後の一口のコーヒーを流し込み、テーブルのすみに置いておいた授業の資料を集めて、鞄に詰め込む。 「悪いけど、俺はあと15分で出るから、お前も同じタイミングで出られるよう準備しておいてくれよ。」 「分かりました。じゃあ僕皿下げて洗っておきます。」 「そうか?それなら頼む。」
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