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-小さな命-
貴志にとって忘れられない記憶があった。
山の天気は変わりやすい。
湿った上昇気流が麓(ふもと)から山頂へと滑る。
寒暖の差は時に霧となり、突如として
想像を超えた雨になる。
容赦なく降り注ぐ雨の中
貴志は一匹の仔猫と出会った。
突然の大雨であった故、傘もなく頭に手をかざしながら
家路を慌て帰っていた。
ザーッと途切れることのない雨音の中で擦れるような
動物の鳴き声が聞こえた。
何処かで 猫が泣いている・・・・・・
貴志は頭に置いていた両手を耳へと移し
そっと目を閉じてみた。
そろそろと確かめるように鳴き声に近づいていった。
「あ・・・・・・」
道路の排水溝でブルブルブルッと凍える
一匹の仔猫が蹲くまっていた。
目もまだ開いておらず、生まれて間もない
掌(てのひら)程の大きさだった。
「可哀想に・・・・・・寒いよね・・・・・・」
仔猫をそっと抱えながらハンカチで
滴(しずく)を拭い、家へと急いだ。
仔猫の異変に気がつくまで時間はかからなかった。
仔猫は全く動く気配も、鳴き声さえもあげなかった。
家に辿りついた貴志は叫んでいた。
「おかあさん!大変!猫死んじゃうよ!」
言葉を発して愕然とする貴志の姿に何事かを
すぐ理解した母だった。
「タオルで早くさすってあげて」
「温かくさせなきゃ駄目!」
母に諭された貴志はタオルを持ち風呂へと向かった。
ずぶ濡れになった衣のままだった。
風呂蓋を開けることも忘れて
そのヒンヤリとした風呂室で震えが止まらない。
必死に仔猫の蘇生を施した。母も兄達も同じ思いだった。
しかし、息を吹き返す事は・・・・・・
願いも空しく叶わなかった。
涙が止め処もなく頬を伝った。
命の儚(はかな)さを痛感した。
命には何時かは必ず、別離(わかれ)が訪れる。
貴志の中で「命の尊さ」への思いが
芽生えた瞬間だった。
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