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部屋の窓からは青灰色の海が見える。
正月を過ぎたばかりの海はこんな色をしているのだ。
テレビを点けると、ちょうど午後のニュースが始まったところだった。
「FS細胞論文の不正認定問題で、同論文の執筆を担当した医化学研究所の久保方明子(くぼかたあきこ)研究員の行方が分からなくなっています」
画面には、青ざめた顔をした、虚ろな目の若い女の写真が映し出されていた。
「医化学研究所の発表では、同研究員の提出した辞表を本日付で……」
テレビを消すと、部屋の中は元通り幽かな波音だけが聞こえてくる。
ホテル特有の、壁の漆喰と各種洗剤の入り混じった匂いも浮かび上がってきた。
「佐藤朋子、か」
これが今日一日の私の名だ。
いや、あと数時間、か。
どのみち日付が明日に変わる頃には、「佐藤朋子」も、「久保方明子」も、この世から消えている。
ふっと息を吐いて、窓の外を改めて見やる。
せめて、晴れ渡った空の下、真っ青な海に飛び込んで死にたかったけれど、もうその程度の幸運すら残っていないらしい。
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