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広がる光景。黒い濁流が銀を飲み込む。飛び込めば、黒い濁流は大量の魔物、銀は甲冑を携えた人々の姿である。
「俺の人生、短かったなぁ」
戦意を喪失したのか、右手に携えた剣を降ろし、その場に佇む兵士がいる。正面に現れた魔物の咆哮。振り上げられた黒い腕が彼の視界に映ると、兵士はゆっくりと目を閉じた。死期を悟ったのだ。
だが、鳴り響いたのは肉を切り裂く音ではなく、硬いもの同士が接触をした音。
「……えっ? あ、あなたは……?」
痛みは訪れない。兵士は何事かと思い目を開ければ、目の前には赤いローブを羽織った人物が、魔物の爪を剣で受け止めている光景。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい」
「だったら、少し下がってろ」
無言でうなづき、兵士は足を引きずって後ろへと下がる。
赤いローブを羽織った人物は、剣を掲げ黒い濁流の中へと飛び込んだ。果たしてどのくらいの時間がたっただろうか。次の瞬間、黒い濁流の中心で巨大な爆発が巻き起こった。
「ギャァァァァァ!!」
「あれが、紅蓮の……覇王」
魔物の悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。余波により吹き飛ぶ兵士と魔物。白い閃光に溶けるように、黒い塊が空中でバラバラに分解されていった。
爆風が収まる。その場に残ったのは、甲冑を着たまま倒れている多数の兵士たちと、ピクリとも動かない黒い魔物の残党だけだった。
「やべ、やりすぎちまったか。まぁ良いか。任務はこれで良かったはずだ。転移」
爆発の中央部にいた赤ローブの人物は、周りを見回しポリポリと頭を掻く。だが何事もなかったかのように、次の瞬間にはその場から姿を消していたのだった。
そんな光景を崖の上から見下ろしている少年が、戦場から離れた場所に一人。
「……相変わらずやりすぎだよ……というか、あそこの兵士の人、大丈夫かな……爆風で数十メートル近く飛ばされてたみたいだけど」
空色の髪がなびいている。少年の二重の瞳が見つめる先には、うずくまったまま動かない兵士の姿。そして、何故か震えている体。
「やばい!! そろそろ帰らないと!!」
整った顔立ちを引きつらせ、青ざめてしまった少年は慌てたようにその場から姿を消したのだった。
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