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シャロンはこの歳になるまで、この世の地獄とも思える絶望の淵に瀕したことが一度だけあった。
それは、数年前。
シャロンが今、思い起こしてみれば、その日はバレンシア薔薇荘園屋敷でパーティーが執り行われた日であり、幼少時のイリアと“おどおどシャロン”の秘密の逢瀬が終わりを告げた日でもあった。
左右の瞳に異なる色彩を宿す息子を屋敷の地下に幽閉してからというもの、前フィリップ侯爵がシャロンの顔を見に訪れる機会など指折り数える程しかなかった。
当時、フィリップ侯爵家の別邸であるバレンシア薔薇荘園屋敷はパーティー会場として使用する以外の機能を一切有していなかったことが背景にあるが、それもシャロンと顔を合わせたくないとの現れなのだろうと考えていた。
そんな父親がシャロンを訪れた。
激怒の感情を剥き出しにした前フィリップ侯爵は杖を振りかぶり、シャロンをぶった。
何度も、何度も。
殴打された箇所が青黒く変色しようとも、皮膚が裂けて血が滲もうとも、泣きわめいて許しを乞おうとも、フィリップ侯爵は決して腕を下ろそうとはしなかった。
結局、意味もわからずに意識を失うまでなぶられたものの、肝心なその理由がシャロンに明かされることは無かった。
その後、高熱や悪夢にうなされ二週間はベッドから出られなかった。
八つ当たりにしてはあまりに酷い仕打ちであるそのことは、シャロンの中で現在も一つのトラウマとして胸に燻り続けている。
そして今もまた、シャロンは目の前の道がガラガラと崩れ落ち、前が見えない絶望の淵に立たされていた。
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