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鼓動の鐘が鳴り響く中、イリアは冷静さを取り繕うと最大限の努力をした。
かつて魔法使いを名乗った少年であったことを隠そうとしている以上、イリアが彼への気持ちを打ち明けるわけにはいかない。
「おはよう、イリア。
昨晩はよく眠っていたね。
熱もすっかり下がったようだ」
「……おかげさまで」
じっと見つめてくるコバルトの瞳と目を合わせてしまおうものならば、平常心を保っていられる自信がなかった。
イリアは逃げるように視線をそらしてから、泣きつくジニアをなだめながら起こした上体をベッドの背もたれにもたれかけた。
「昨晩のことは覚えているかい?
普段のきみからは想像も出来ないような情熱的な夜だったね」
どうしてこうも誤解を招くような言い回しをするのか。
まるでイリアの反応を確かめているように感じられ、そわそわして落ち着かなかった。
反論の手を講じようとしたその時、イリアは気付いた。
すぐ隣に立つジニアの薔薇色の頬にサッと翳りが広がったことに。
言葉を発することがないぶん、イリアは普段からジニアの感情を些細な表情やしぐさから読み取っていた。
まさか、もしかしたら……。
「そのような誤解を招くような言い方をしないでいただけますかしら。
社交界の方々がお喜ばれになるようなことは何一つ起こっていないでしょう!」
隣から可愛らしい唇からすっと安堵の溜め息が見てとれ、イリアはジニアの心に芽生え始めているある感情への確信を確かにした。
「そうか、覚えているんだね。
ならいいんだ……よかった」
意味深な言葉と嬉しそうに笑う姿に、隠そうとしていた心が唇をふよふよと緩ませてしまう。
「ジニアに誤解されるのは困るわ!
事実を勝手に捏造して真実をねじ曲げないで!」
なんと可愛くない返事になってしまったのだろうか。
言い出して自己嫌悪に陥るも、一度吐き出した言葉は引っ込みがきかない。
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