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昼を過ぎ、地上に暖かさを届ける陽が頂点を過ぎた頃合、背面にある大窓から差し込む陽射しで室内の床にくっきりと窓枠の形が写し込まれた。
執務室のドアから、従僕であり執事のブラームスが何通もの手紙を抱えて現れ、窓を背にするように置かれるマホガニー製の机の前で足を止めた。
机上は既に多くの先客で賑わわせており、既に幾つもの書類の山が出来上がっていた。
普段のシャロンに物を広げておく習慣はない。
にもかかわらず、書類は減るどころか増え続けるばかり。
ブランデーの瓶がコポコポと傾けられ、グラスに注がれていく音が部屋に大きく響いた。
何度も繰り返されるその音が止む様子は一向に見受けられない。
執務室の床には、コルク栓が抜かれた酒瓶が無造作にだらしなく転がっている。
ゆったりとした肘掛付きの執務椅子に座る虚ろな目をしたシャロンはブランデーが並々注がれたグラスを傾け、浴びるようにして一気に中身を煽った。
「旦那様、そろそろお止めになった方が宜しいかと」
普通の者であればとうに酩酊して意識を混濁させる酒量。
しかも、ブラームスは主が酒にめっぽう強く、いたずらに悪酔いなどをする人物ではないことを知っている。
その理由は、きっとあの女性が関係しているのだろう。
「ブラームス、ちょうど良いところに来た。
至急、追加のブランデーを用意してくれ」
口調こそしっかりしてはいるものの、先の発言を無かったように受け流されたことで、親切な執事の心配は膨れ上がる一方だった。
「旦那様」
「今は飲みたい気分なんだ……頼む」
「かしこまりました」
執事は執事失格であると己を恥じた。
彼はいつもの主だった。
主の悲しみを思えばこそ、ただ黙って追加の酒を用意するだけでよかったのだと。
ゴルゴン邸で催されたパーティーから主が帰還した時には、もう既にあの女性は主の傍らに居なかった。
それから数日経過した今は、屋敷全体から光が消え、陰鬱した何かが宙をさ迷っているようだ。
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