プロローグ 

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 齢二十三という若さにして、侯爵の位と財を継いだシャロンがこぞって女達の熱意を引くことは、必然のことだった。  なぜなら、シャロンは財だけではなく、美の女神に愛されし類稀な容貌の持ち主だったからだ。  透き通るような銀の御髪は最高品質の絹糸のようで、乱れが一切見られない。  紳士のスポーツとして広く嗜まれている彼の剣技は、蝶のように華麗に敵を翻弄し、狙った獲物を蜂のように刺す。  鍛え上げられた肉体を惜しむように隠す金装飾が幾つも施された上質のシャツは地元のテーラーが丹精込めて縫い上げたものだ。  首からそそりたつ白筋が女達の視線の虜となることは想像に難くない。  袖と胸元から香るローズのフレグランスは彼が青年期を過ごしたバレンシア薔薇荘園屋敷のものだ。  糊がきいたシャツに下げられた黒檀のクラバットが斜めに傾くだけで、乙女は彼の身に起こった今しがたの出来事を事細かに想像するに違いない。  肌に寄り添うように仕立てられた紺のブリーチズ(膝丈ズボン)は彼のすらりとした脚の長さを際立たせている。  長身180cmの背丈は彼に人を見下ろす特権を与えていた。  そして――秘密がかったコバルトブルーの瞳。  そこに、フィリップ侯爵の苦悩が全て凝縮されていた。
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