341人が本棚に入れています
本棚に追加
シャロンは会場へ続くドア向こうへ重い足取りを向けた。
途中、椅子の背凭れに預けていた外套に袖を通し、緩まったクラバットを締めながら逆手でドアを押し開いた。
壁一枚に遮断されていた軽快なワルツミュージックが聴覚に甦る。
シャロンが現れたことで、端に寄って噂話に花を咲かせていた貴婦人らがはっとしたように身を乗りだし、色めき立つ。
芸術家が手掛けた無数の絵画に彩られた天井から吊り下げられる何層ものシャンデリアが夢のように瞬く中、シャロンのコバルトブルーの瞳は拒絶と怠惰を匂わせ、完璧に磨き上げられた大理石の黒床を颯爽と歩き、やがてビロード張りの豪奢なカウチソファまで辿り着くと、事も無げに腰を下ろした。
見計らったように機嫌伺いの波がどっと押し寄せてくるさまを視界で捉えてうんざりしながら、給仕が手渡してきたワイングラスを片手でもてあそぶと、シャロンは先程の言葉を恨めしそうに呟いた。
ああ退屈だ……退屈だ。
ここには真の意味でぼくを見てくれる者など一人も居やしない――
「…………?」
さまよわせていたシャロンの視線がある一点で固まった。
優美なオーケストラの調べに身を委ねる者達に混じって、見かけない顔があった。
気は進まないとはいえ、シャロンは招待客の名前や顔を完全に把握していたし、しかも今宵のパーティーは完全招待制、どうやら会場に鼠が紛れ込んだようだった。
あの髪は――赤毛だ。
最初のコメントを投稿しよう!