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「きみは昨晩のことを覚えていた。
それは自分の意思によるものだった。
それだけで充分だよ、今はね」
そう言って踵を返したシャロンは調べものがあると言って、部屋から出ていった。
言葉の意味を深く考えるよりも早く、イリアははっと思い出し、ベッドサイドに棒立ちのままのジニアの反応を窺った。
「ジニア、あの人が言うことは嘘よ。
わたしとあの人は何でもないの。
あの人はただ、わたしをからかいたいがために傍に置こうとしているのよ……」
好きだと言って心音を聴かせてみたり、ドレスや宝石を贈ってみたり、彼がイリアのことを好いてくれていることは明白だった。
しかし、完全にそれを鵜呑みにしてよいかと言えばそういうわけでもない。
“ 愛人になれ ”
シャロンはそうイリアに言った。
契約として話を切り出した。
それはつまり彼はイリアを妻に迎えるつもりはなく、それどころか彼は、幼い頃の想い出を封印するようにイリアに命じた。
シャロンの気持ちが全く見えなかった。
彼は自分を妻になる女性が見つかるまでの繋ぎとして考えているのかもしれない――そんな想いがずっしりとイリアの肩にのしかかる。
ジニアの反応はわかりやすいほどで、翳りを見せていた顔が花のようにぱあっと明るくなり、イリアに眩しいほどの微笑みを向けてくる。
ジニアは白薔薇。
無邪気に、高潔に咲き誇る穢れのない白いこの花を護るべく、イリアはいつもいつも苦心してきた。
不自由をさせまいとばかりに、彼女にはこれまで様々なものを差し出してきた。
部屋もドレスも食べ物も不自由なく揃え、冬場の薪はどんなに厳しい状況に置かれながらもあの瞬間まで決して切らせることはなかった。
事実、イリアは先日執り行われた舞踏会の数週間前からずっとくたびれた毛布一枚で凍えそうな夜を過ごしていた。
「ジニア……あなた、あの人のことが……フィリップ侯爵が……好きなのね」
恥ずかしそうに頬を染め、こくんと頷いたジニアの姿を目にしたイリアは何も言わずに護るべき存在の彼女の身体をそっと抱きしめてやった。
第四章 惹かれていく心 終
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