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もう教室には長谷川とヤマトだけだった。ふたりが話すたびに教室に声がこだまする。
「恋は盲目なんで…」
「だからそれは無理だって」
「なら…奪うだけです」
「え? 」
小声で呟くと、ヤマトが長谷川の方へと歩み寄ってくる。
厳しかった目つきもコロリと変わり、にこやかに話し始めた。
「先生、俺バイトで指切っちゃって、やっぱ制作してると痛いから絆創膏貼ってもらえます? 」
「え? あ…いいけど。どこ? 」
「相変わらず、隙だらけ」
「うわっ…痛って」
長谷川はヤマトの手を診てやろうと両手を出したところ、手首を捕まれ、後ろ手に回された。
「言ったでしょ? 一度きりでも良いんですって」
「ちょっと。やめっ…ろ…って」
ヤマトの声を耳元で聞きながら長谷川は腕を振り払おうともがいていた。
「抵抗しても無駄ですよ。おれ中学・高校と柔道部でしたから。それに一応、黒帯なんで。…なんなら絞め技で落としてからでも」
「黒帯? 」
「ええ。でも抵抗しないでもらえれば別に痛いことはしま」
「ヤマト。受身取れよ」
「え? 」
瞬時のことだった。長谷川は掴まれている腕をねじるように引き剥がし、パンパンっと左右の腕を打ち払うと、両手の平でヤマトの胸を重くドスンと一撃打ち入れ、おまけにすがり付こうとするヤマトの右手をとって軽くひねる。するとおもしろいようにヤマトの身体が宙を舞った。
ここでキレイに宙を舞えるのは身体に武術が染み付いている人間だからだ。素人の場合は受身がとれず手の筋を痛めてしまう。
「…いってぇっ」
「見事な受身だったな」
「なんですか今の。少林寺? 胸にくらった一発で息出来なかったんだけど」
「秘密。さ。バカな考えは捨てて、制作もどれ」
「でも手…あ。ちゃんと動く」
にっこり笑った長谷川がヤマトの作業途中の像を指差す。無言で立ち上がったヤマトは、その後黙々と製作作業を続けたのだった。
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