第1章

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ハンティング 「最近よく会いますね。ココで」 「そう…ですね」 「今日も誰かに呼び出されたんですか? 長谷川先生? 」 「像を制作するときの台を取りに来ただけです。香曽我部先生は何を? カンバス…ですか? 」 長身の講師は古めかしいカンバスたちの中で探し物をしているようだった。 「ちょっと…小さなサイズを探しててね。自分用に。張り替えて使おうかなと」 「小さいサイズ。ですか、珍しいですね」 「誰かさんの肖像画を描きたくてね」 「写真じゃなくて肖像画ってあたりが香曽我部さんらしいですね。しかもその絵はきっと椅子に座ってなんかいなくて動きを感じさせるポーズなんでしょう? 」 「僕の頭の中…見えちゃってる? 」 「前にも言ったじゃないですが、俺は香曽我部さんの大ファンだって」 「じゃ、いいの? 描いても。前回の作品に比べ物にならないくらいエロティックだよ」 「ウソばっかり」 「なんで嘘だと思う? 」 「なんとなく。アナタからそんな雰囲気が出てないから」 「じゃあ、どんな絵を描くと思ってるの? 」 「きっと…そうだな…イメージにあるのは…清潔感と温かさ…ときめき…淡い…恋心…ずっとみつめていたいようなほほえみ…切ない初恋のような…」 物思いに耽りながら語った長谷川はハッと顔を上げる。目の前の彼は自分の事を描くと言ったのだ。 「…当たり」 香曽我部が愛おしそうにみつめている。 自分を理解してくれる、似た感性をもつ芸術家に恋しているのだと表情が語っている。 「でも…俺達は」 「感性が似ている良き理解者」 「ええ。お互いの作風のファンでもある」 香曽我部がまたカンバスの立て掛けられた隅に歩いていきながら会話を続ける。 「それでいいと思ってる。いまは」 「え? 」 「良き理解者で、一番のファンで。でもそのポジションは僕にしかなれないものだろう? 」 「そう…ですね」 「それなら僕はある意味キミの一番だ。恋人とは方向性の違ったね」 「………」 「さっき言い当てられたように、恋心を抱いてるのは確かだ。でもいまの僕には恋心を絵に描き込めるくらいしかできない」 「さっきから『いまは』とか『いまの』とか…俺たち別れませんよ? 」 「それは誰にもわからない」 「もし別れたとしても、香曽我部さんとどうにかなるとは限らないじゃないですか」 「本当にそう思う? 」 「どういう意味ですか」
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