第1章

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香曽我部はカンバスの列に埋もれていた一番小さなサイズの木枠を見つけ取り出す。埃を払いながらまた長谷川の元へと帰ってきた。 「キミは僕に惹かれてる」 「そんなことっ」 「ない? …絶対? 」 「………」 「もしキミの恋人より先に僕と面識があったら、僕達恋人同士になっていたと思わない? 」 「………」 「徹君? 否定しないね」 否定なんてできない。長谷川は身体でそれを感じでいた。底知れない香曽我部の魅力に惹きつけられてしまうのは抗えない事実だったから。 暖房も効いていないこの部屋は身震いがするくらい寒かったが、香曽我部に熱い視線でみつめられ、長谷川は身体の奥に覚えのある熱を感じた。 貴弘のことが好きなのになんでこんな…。と長谷川は自分を叱咤する。 「あのときと…同じ顔してるよ。徹君」 「え…」 「僕にキスしてくれたとき」 「そんなっ。気の…せいです」 「その顔描こうかな…」 「からかうのは、やめてください」 「前にも言ったよね。からかったつもりはないって」 「香曽我部さん…」 「やっぱり。まんざらでもないみたいだね。僕のこと」 「憧れ…です。恋じゃ…ありません」 「憧れから恋に進展することはよくあることだ」 頬に伸びてきた長い腕を振り払う。 「誘惑しないでくださいっ。確かに俺はアナタが好きだ。でもコレは恋愛感情じゃない。だってあのとき」 「あのとき? 」 「キ…キスしたとき…俺…嫌でした…から。体が受け付けないっていうか…」 「それは。恋人への罪悪感じゃないの? 」 「お願いです。香曽我部さん…俺を追い詰めないでください」 長谷川が二歩後ろに下がると香曽我部が三歩間合いを詰めてくる。 「そうはいかない。キミを諦める気はないからね」 「怪我させたくないんです。近寄らないでください」 またも腕を伸ばしてきた長身の男を見上げると腕の動きがピタリと止まった。 「…そうか。太極拳マスターだった。キミのことだ、太極拳だけじゃないんだろ? 」 「中国拳法は一通り、基礎だけは。後は合気道も少しかじりました」 「どうやら退散した方がよさそうだ。またキミからキスしてくれるチャンスを待つとするよ」 カンバスの木枠を振りながら香曽我部が立ち去ろうと踵を返す。 「香曽我部さんっ」 「ん? 」 「その絵、仕上がったら見せてもらえますか? 」 「だーめ。これは僕だけの徹君だからね」
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