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「……使わないでくださいね…」
「ん? 何に? 」
あ。と気付いた香曽我部が肩を揺らして笑っている。真面目に言ったのに。と長谷川は居心地が悪くなり、言ってしまったことを少し恥じた。
きっと良い絵が出来るだろう。
彼特有の薄いタッチで描かれた油彩は描かれた人物の匂いさえ感じさせる力量だ。
しかも恋する相手を描くとなれば、カンバスから愛が溢れ出るようなものになり、それは凄みと言っても良いものになるだろう。
と、長谷川は自分が恋人の像を作るときを思い出しながら考えていた。
片思いの切なさが溢れ出る彼の絵を心から見てみたいと思った。彼のいままでの作品も「愛」がテーマだったが、母子の愛がほとんどで、恋焦がれる愛の作品は見たことがない。
だから見せたくないのかもしれないな。とひとり呟いてみる。
彼なりのプライド。望みの薄い片思いにすがっている姿なんて、見せたくなくて当たり前だ。
小さなカンバスに細い筆でリアルな人物を浮き立たせていく彼を想像するとわくわくしてくる。
やはり自分は彼のファンなのだ。長谷川は改めて思うのだった。
ある意味自分の心を一部持っていかれてる。彼の芸術家としての存在に恋している。そう、そういう意味での 『好き』 だ。
でもそれは彼のことを…香曽我部のことを好きだと言っているのと変わりない。
ただキスが出来るかとか、セックスが出来るか、となると話は別で。
プラトニックな愛もこの世には存在する。
どうか自分が彼の誘惑に負けて身も心も奪われる日が来ないことを願って、長谷川は仕事に戻った。
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