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 ここにいる水華は、あくまで偽物とばかりに虚ろに微笑む。その「魔」に、消耗した水華は意識は集中したまま見返していた。 「それがアンタを縛り付ける……あのガキとの契約?」  人形使い。悪魔の望みを把握し、叶わない望みを盾に取る者。人間と悪魔の逆転した契約の本質がそこにあった。 「あたしはミラじゃない……そんな奴はとっくに死んでる。この先も帰ってくることなんてないのに……アンタはいつまで、過去に縛られたままでいるの?」 「…………」 「宝珠も妹も、手に入らないってわかってるでしょ? なのにアンタは何でこんな――……あたし達を邪魔するだけなんて、無駄足を踏み続けるわけ?」  その「魔」には望みなどない。自称通りの人形であると。  それなのにここに在り続ける「魔」に、水華はただ問いかける。  神父はしばらく、無表情のまま黙り込んだ。 「……そうですね……」  そして再び、これまでのように虚ろな微笑みを浮かべる。 「俺は……俺を閉じ込めた天に、復讐したいのかもしれません」  そしてこれまで通りの、空っぽな答を口にするだけだった。  最早この「魔」を呼び戻すことはできないと示すように。 「――!!」  神父からまたも向けられた無数の水弾を、水華は風でひたすら散らす。 「もう……あたしもレイアスも正味、メインは『火』だし――ったく、『水』ばかり揃えてんじゃないわよ、本当!」  神父が力を使い尽くすのが先か、水華の躯体が無力化するのが先か。それは神父が完全な「魔」ならば、勝負は水華のものだったというのに。 「中途半端に『聖』に戻ってんじゃないっつーの! 戻るならしっかり戻る、戻れないなら『魔』に徹しなさいよ!」  ここに至り、神父は聖の気をも味方にし始めた。水華が完全に劣勢を感じ始めたところで、剣に届く光景は閉ざされていた。  それだけわかっていながらも水華は、撤退の気配を見せなかった。  人形使いのためでも剣のためでもなく、勝負を捨てられない衝動が、結局は羽の侵蝕を表していた。 「……水華はもう、限界だ……」  「地」が近付き、キラは水華達の予想以上の苦戦を悟る。  最早ほとんど動かない躯体で座り込み、力だけを使う水華と、蘇らせたい相手にとどめを刺さんとする神父の矛盾した力。  それに気付きながら飛竜を駆る養父は、自身の相手で精一杯だ。辿り着く前から現状を把握する。 「アイツなら……俺が殺してもいいな、水華――」  今まさに、水華の命を奪う規模の力を繰り出さんとした「魔」の元へ。  キラは白い光を纏わせた剣と共に、高い空から踊りかかっていった。  天性の死神はいつもなるべく、初撃で決着をつける。  驚く少女や周囲には構わず、重力をも味方に、魔性の神父を容赦なく袈裟斬りにしていた。  飛び込んできた銀色の髪の少年に、斬られた自身などまるで気付いていないように。倒れた神父が穏やかに少年を見上げた。 「君は――……誰、でしたっけ?」  銀色の髪で赤い目の少年。傍目には今、黒いバンダナをつけるキラの姿はそう映っていた。 「どうしてでしょうか……俺は、君には、何処かで――……会った気がします」 「……」  神父の視界から、それが嘘でないことだとわかった。  同時に伝わる確かな痛み。人形であるはずの「魔」が今この時に初めて、キラに殺された躰を己のものだと気付いたかのようだった。
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