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幼子の安堵とは対照的に、幼子の背後にいた陽炎が、不快そうに顔を歪めた。
「思い込まされてるなんて……言いがかりだわ」
自らこそが裏切者であると、陽炎は夢にも思ったことがない。
「Jがずっと、それを気に病んでいるから……Jは悪くないと、私は信じ続けてきたのに……」
その愛執こそが呪い。それには塵ほども気付いていなかった。
「……悪くないとか以前に、やってないって、教えてやれよ」
囚人を自らの手中に置くため、その救いを与えなかった者。
無意識に囚人の支配を望む、意識上は曇りなき善意の者に、キラはそれだけ、侮蔑しながら口にした。
「あの裏切り者の女が、あんたの獲物だろ――水華」
「…………」
最後の瞬間に、羽の主は陽炎の罠に気が付いていた。そのために憎悪した、ただ強く呪いのような断末魔が、昏く赤い夢の一つだった。
――あいつだけは――絶対に殺す。
幽閉された彼に渡してほしい、と。天の少女は知り合いの陽炎から、兄の輪杖をペンダント仕様にした物を託されたのだ。
それこそが兄の目前で、そのペンダントを着けた妹を貫くための罠だった。優しい兄を苦しめ抜いて「魔」と堕とす罠だと、敏い妹は胸を貫かれた瞬間に気が付いていた。
一瞬でそれらを悟りながら、何もできずに消えていくことを、天の少女は許せなかった。ただ、無念の憎悪にまみれた羽がそこには在った。
そうした天の民の事情には、キラはこれ以上興味はなかった。
キラは改めて、ここに来た運命の決着へ、その目の向く方向を変えた。
「こっちへ来い――……エル」
「…………」
バンダナを外し、青い目へ戻ったキラの視線の先で。幼子と赤い天使は、ただ無表情に見つめ返していた。
キラは赤い天使の次に、黒髪の幼子をまっすぐに見つめた。
「その子の躰はあんたのものじゃない。そこから出て行け――ソイツはまだ、目を覚ませるはずだ」
「……何で? ユオン……兄さん」
幼子はようやく、不服を満面に浮かべて言葉を返した。
「兄さんだってぼくと同じで、ヒトの躰を使っているくせに……ぼくがここにいなければ、『ピアス』も動かないよ。兄さんはまた――……『ピアス』を死なせるの?」
人形使いの幼子は、赤い鎧に宿る死した者の命から、魂だけを奪っていた。幼子自身にも明確な自我がなく、奪った魂と同調することで意志を持ち、赤い天使と同じ現状把握の直観力を持った。そのことで赤い天使の止まった時間も動き出した。
しかしそれらの自我は、混沌とも言えた。
「あんたはエルでもピアスでもない……俺は、あんたのことは知らない。あんたはただ、俺の妹のことをよく知っている……そっくりだけど、違う誰かだ」
その在り方は最早、転生ですらない新生。幼子を観ながら少年はそう結論付ける。
「…………」
幼子の願いは確かに、「兄」を得ることだった。
自らの居場所を求めただけの幼子は、キラの言葉が真実だとそこで悟る。
「そっか。君は……ぼくの兄さんにはなってくれないんだ」
「……」
「ぼくから兄さん達も取り上げる気なんだ。それなら君は……ぼくと『ピアス』の敵だよね」
幼子がゆっくりと手を上げると、赤い鎧の天使も合わせてその顔を上げた。元々は黒かったはずの青い目で、キラをじっと見つめる。
「ぼくはこのまま、ルシウやシアの助けになりたい。邪魔をするなら……兄さんなんかいらない」
そうしてここの所、幼子の指示を聞かなかった不調が嘘のように、赤い天使は大鎌を手に空に飛び上がった。
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