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「――って!?」
宿敵を追わんと必死に立ち上がった水華に、突然背後から黒い鎌が突き付けられた。
鎌を持つ壊れた人形は、柔らかい微笑みをその顔に浮かべた。
「……何……あんた、誰?」
本来、その高度な天使人形は表情も自由自在で、声を出すことも可能だ。宿る者の声色を反映できるほど、高度な依童として造られていた。
だからふわりと微笑みながら、よく知った声で、天使の人形が人間の言葉を口にしていた。
「そんなの……わかってる、くせに……」
そんな危うげな笑顔を浮かべるのは、これまで人形を動かしていた赤い天使ではない。
天使人形への新たな憑依者を悟った水華が顔を歪めた。
「……バカな奴。まっすぐ成仏すればいいのに」
ぎり、と、水華が歯を食い縛った。追おうとしていた敵達に背を向けて、鎌を突き付ける天使人形に毅然と振り返った。
確実に水華の首を刈れる態勢で、天使人形は鎌の刃を向けている。
水華は身動きをとることも諦め、相手の正体を苦々しげに口にしていた。
「何のつもりよ? ……ばかラピ」
同時に事態を悟っていたユーオンは、衝撃に膝をついて崩れ落ちた。
「ラ……ピ、ス……」
その人形を動かす者の名。どうしてそれがそこにいて、人形を動かせるのかをただ悟る。
その娘は天使人形に、つい先刻に命を奪われた。そのため命が人形の内へと遷り、人形の体を動かすことができるようになった娘がそこにいる。
天使人形は、くすりと――
自身の正体を当てた二人に、心から嬉しそうに笑いかけた。
「……それも正解なんだけど」
既に人形は、躯体の大半を破損している。それでも確実な殺意と共に、水華を見つめていた。
「私は白夜。ラピスをずっと、守ってきた神様なんだ。水華のお母さんが、ラピスから全てを奪ったその時からね」
「……はい?」
「ねぇ、水華……水華なら、ラピスを助けてくれるよね?」
確かにラピスの声色と気配。しかしその天使人形は、ラピスが抑え続けた、最も深い闇を口にした。
「ラピスを助けるために……水華を全部、私にちょうだい?」
助けは来ないよ、と。天使人形は柔らかく告げた。
「二人がここに残ってること、今はみんな、私の『力』で忘れてるから」
両膝をついたまま、ユーオンは身動きが取れない。
ひたすら茫然としながら、脳裏によぎるのは、まだ剣として彷徨っていたこの朝に観た、吸血鬼の女性の夢だった。
幼いラピスに関わる直前に、吸血鬼の女性は何故その隠れ里へ行くか、依頼者の大切な忠告が映し出されていた。
――いい? 『神』は絶対、直接殺しては駄目。もう一度封じるだけにしてほしいの。
それは何故なら、「神」には誰も勝てないからだった。
――『神』は命のやり取りに便乗して、宿主を自らに創り変える寄生虫。殺しても殺されても、あなたは『神』に取り込まれる……それを『神隠し』というのよ。
「神」を名乗る白夜がラピスの内にいる。それこそが、吸血鬼の女性の咎に他ならなかった。
私はね――と。天使人形はラピスと同じ明るい声で、殺伐としたことを遠慮なく口にする。
「私はね、水華の躰と命がほしいの。私の身体は欠陥品だから」
「……はい?」
「ホントは水華のお母さんでも良かったんだけど。それより水華とずっと一緒の方が、ラピスもきっと幸せだもの」
「――?」
立ち上がれないユーオンとは対照的に、水華はあくまで強気さを失わず、人形を見返していた。
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