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 自身の絶対的な有利を知っているその「神」は―― 「ラピスはね……もうとっくの昔に、死んでるんだよね? 水華のお母さんと出会ったせいでね」  その人形に宿った娘の終末は、今に始まったことではない。  確かにそれを引き延ばしてきた「神」が、誇らしげに微笑みを見せる。 「ユーオンは……キラ君は知ってたでしょ?」 「……」 「ラピスは……シルファは、シルファのお母さんに殺されて。それでも水華のお母さん――悪魔と契約することで、生きてるふりをしてきたんだって」  ……少年を長く侵し続けてきた、昏く赤い夢は。 ――あなたのせいよ……。  それは悪魔である吸血鬼の女性と関わったシルファが、実の父を失った後、狂気に支配された実の母に胸を刺され、未来を閉ざされた光景だった。 「水華のお母さんは元々、私を退治するように言われて、私が封じられていた場所……シルファの故郷に来たんだけど」  その「神」は当時、強い炎の獣の内に、遥かな昔に封じられた身だった。その封印がやがて限界を迎えることを知っていた封印者が、強い「水」の力を持つ吸血鬼の女性に再度の封印を依頼したのだ。 「でも水華のお母さんは私入りの獣を退治する時、シルファやそのお父さんを巻き込んでしまった。だから私を、封印でなく殺すことになって……水華のお母さんに命を奪われたから、お母さんの中に遷った私は、その躰をもらおうと思ったんだけどね」  「神」の獣を殺した女性の命に、「神」は易々と侵入した。  しかしたった一つの誤算が、「神」と吸血鬼の女性の両方を襲う。 「水華のお母さん、本当変なヒトだよね? ほとんど初対面の人間の女の子が、自分と関わったことで、その子のお母さんに殺されたからって……まさか自分の命をその子に分けてまで、助けるとは思わなかったよ?」 「……――」  長い時を生きた悪魔――吸血鬼であった銀色の髪の女性。  それは既にヒトの血を摂ることを止めて久しく、残り少ない寿命を元々自覚していた。  それでも悪魔としての特性を生かし、人間であるシルファと彼女は契約した。死んでしまったシルファを、己の命を分けて生かすことを選んだのだ。 「それで水華のお母さんと、シルファが繋がったから。私は、居心地の悪い場所は捨てて、ずっとシルファと一緒にいたの」  強い悪魔である女性の書き換えは、「神」が思ったより難航していた。そのために「神」は、分けられる女性の命と共にシルファへ遷った。  命の繋がりが直接でないため、シルファのことを「神」には書き換えられない。だからシルファに追い出されないよう、「神」としての力――「意味」を最大に駆使することとなった。 「炎の獣なんて、てんでナンセンスな所に封じられていたけど。私は白夜……『忘却』を司る白い川の神」 「……『忘却』?」 「夜にヒトの夢を視て、忘れたいことは真っ白に打ち上げてあげる。全て水に流してあげるのが私。だから水華と私は……キラ君と私も、とても相性がいいもの同士なんだよ」  水脈を司る化け物だったキラ。「水」を主な力の一つとして名に冠した水華。その二人にただ、白く微笑む。 「大変だったよ? 水華のお母さんが仇だって覚えてるままで、お母さんの命をもらってることだけ、シルファに忘れてもらうのは」  水華はそこで、心から不快な相手を見るような目で、人形を睨みつけた。 「誰も……自分がここにいちゃいけないなんて、ずっと思って生きていられないよね?」 「……――」
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