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ラピスが誰より自身を、呪われた者と感じていたこと。
――ユーオンは私より、軽症だと思うよ。
悪魔の命を食らう記憶も無いまま、己を責めていたラピスを少年は知っていた。
――誰かに無理をさせるなら、私はいなくならないと。
その願いを持ちながら、悪魔が差し出す命を拒否できない。生の執着と死の現実の間で迷い続けた娘は、「忘却」に抗い切れなかった。
――それが辛いことでも……ずっと逃げることの方が、私はしんどいと思うよ。
だからこそ、赤い鎧の人形が全てを終わらせてくれた時、ラピスは心から微笑んだのだ。
既に死した体を、悪魔に縋って生を繋いだラピス。ここにいなかったはずの者の望みは、最初からそこにはいない、在るべき状態に戻ることだった。
そうしたラピスの心も夢も、水華は知るはずもないのに。
――大切なことを忘れてること……覚えてたはずなのに……。
「この――……外道」
常に物事を、直視するリアリスト。そうしたい娘を、水華は誰より知っていた。だからこそ、その信条ごと長い時間をかけて喰らった「忘却」を、ただ強く睨みつける。
「どうして? 望んだのは私じゃなくて、ラピスだよ?」
くすくす、と「忘却」は、「忘却」から見た現実をそこで伝える。
「ラピスはもう、私を拒否できなかったんだよ? だって……ユーオンも水華も、ラピスが一緒にいられそうなヒトはみんな、もうすぐいなくなるんだから」
「……――」
「……」
何事も直視せんとした娘の弱点は、まさにそこだった。
都合の悪いことを無視できない娘を、「忘却」が憐れむように笑う。
「――知ってるよ? 二人がもう……長くないってこと」
長い時を超え、少ない力を命としてやり繰りする旧い剣。一度死を迎えた羽の残滓を、期限付きで支えとする少女に笑いかける。
「だから、ユーオンが水華のお母さんを殺して、その命を全部ラピスのものにしてくれるか。水華がラピスに躰をくれるか……そうしてくれたら、ラピスだけでも助かるんだけど?」
既に眠りについた吸血鬼の女性には、心臓を貫かれたラピスの身体を、再び助けられる命は残っていない。
それでも今、娘の魂に火を燈し、天使人形を動かす命は女性からかつて分けられたもの。娘がその命を吸血鬼の女性に返す可能性を、「忘却」は長く危惧していた。
最近は特に、吸血鬼の女性の弱りが顕著だったため、宝珠の事変に関係なく少年に介入を始めた「忘却」だった。
――あいつを殺さないと――……ラピスが、いなくなる。
銀色の髪の少年はここまで――
ラピスをより長く生かすには、それが必要と知りながら手を下せなかった。
――ごめん、ラピス……俺には、無理だったみたいだ。
迷い続けた娘がもしも生を望むなら、命を返せないように吸血鬼の女性を消すことを、少年は自らの役目と見なしていた。
しかし娘の迷いが続く傍らで、少年の方が先に破綻を迎えることになった。
それでもこの躰に戻って来たユーオンは、それは譲ることができなかった。
「……オレにはできない。オレは……あのヒトのことは殺せない」
かつて、キラを守るために命を落とした者。吸血鬼の女性はそれとほぼ同じ存在。それをユーオンは知らなくとも、ラピスが心から望まない限り、ラピスを助けたいという私情で殺すことはできなかった。
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