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 苦顔そのもののユーオンとは対照的に、水華は淡々と話を続ける。 「……あたしの躰をあいつにあげるって、どーいうことよ?」 「うん。このまま私に殺されてくれるか、もしくはね……一番いいのは、水華が私を殺してくれること」  すぐに水華を斬らなかった天使人形は、その理由をあっさりと明かす。 「水華の躰をあまり傷付けると、私も復元に苦労するし。でも水華からは、この人形にとどめをさしてくれればいいの。それで私の命はラピスごと、水華に奪われるから」 「……」  水華は首を傾げつつ、ある疑問をそこで口にしていた。 「それってさ。ラピを成仏させてやることはできないわけ?」 「それはラピスの自由かな? ラピスには私が必要な理由があるから……この後もラピスは、行き場がなくなるまでは私と一緒にいるんじゃない?」 「…………」  そこで水華は黙り込んだ。  その少女が決して、そんな提案を受け入れるわけがない。少年はもう一つの赤く昏い夢を観てきたからわかる。  しかし何故か不意に、唐突な悪寒に襲われていた。 ――あいつだけは――絶対に殺す。  それが根本。そのためだけに少女の羽の主はここまで来た。  自らの羽を後の世に残し、誰かを操り人形としてまでも、裏切り者に復讐することだけを目的としたはずなのだ。  全く動じた様子のない水華に、天使人形はふっと、表情を変えた。  紛れもないラピスの声と気配で、涙まで流す機能のついた人形の頬を、泣き笑いの雫が伝った。 「私と一緒に死んでって言ったら……二人は、うんって言ってくれる……?」 「……」 「ラピス……?」  それは紛れもなく、瑠璃色の髪の娘自身の本当の思い。ユーオンも水華も同時に悟る。 「何でかな……何でみんな、優しい人達ばかりなのかな………」  くすくすくすと、ふらふら下を向きながら。天使人形が自分自身を、空いた手で抱きかかえた。 「みんなが優しいから……死にたくなくなるじゃない、私……」  あなたのせいよ、と――自らの母にその胸を貫かれ、幼い命を失っていた幸薄い娘。  しかしその後に、悪魔に縋ってまで得た生の中では、優しい養父母、優しい友達に囲まれた。  それが優しく温かい程に、娘は現実の冷たさに苛まれていく。 「私、水華のお母さんの命を食べて生きてるんだよ。そんなのいらないって、あの時は本当に、そう思ってたのに……」  それでも今、この意識を保ち、話せているのもその悪魔のおかげ。それを誰より娘はよくわかっていた。  娘の慟哭を、水華は怯まず受け止める。 「何バカ言ってんの。言ったでしょ。あたしはアレ、親だとは思わないし。あんたの中の命は、アレが勝手に差し出したならあんたが自由に使えばいい」 「――ミズカ……」  冷静でも感情的な水華にユーオンも戸惑う。娘も現実の嘆きを続ける。 「……使ってるよ。もうとっくに、どんどん使ってきちゃった……どんな綺麗事言っても私、結局、いらないなんて大嘘なんだ」 「それで何が悪いの? 生き物なんだからそれが当然でしょ。否定してるのはあんただけよ」 「…………」  娘はゆらりとしたまま、一度だけ初めて、水華をまっすぐに見つめた。 「ずるいよ水華……何でそんなに今、優しくするの……?」 「……」 「否定しなきゃ駄目なんだって、本当は知ってるくせに……私が負けてしまっちゃ駄目だって、わかってるくせに……」  長く孤高に、自らの内の「忘却」と闘い続けた娘。その確かな強い怒りがそこにあった。
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