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あのね――と。
不意に、誰の声かわからない程の穏やかな声色が響いた。
水華は両膝を折って座り込んでいる天使人形に、何故か突然平和に笑いかけていた。
「あのね、ラピ。あたし――あんたのこと、嫌いじゃなかったよ」
「……?」
天使人形はそんな顔をする相手の意図がわからず、ただ水華を見上げる。
「あんたは何か、いつも切羽詰ってて、でもそれでヒトに迷惑かけないようになんて、妙に必死で。バカだなぁーって、見てて楽しかったけど……それももう、年貢の納め時かしらね?」
「……水華?」
常に不敵で我が侭で、そして理性的だった水華は――
「あたしと違って……あんたは本当、真面目に悩んでたよね」
おそらくそこで初めて、呪われたその命への思いを口にする。
「あたしは自分自身の手で、それを自覚しないようにしたって言うのに。あんたは勝手に自分の記憶を消されて守られて、誰よりそれを……自分で嫌がってたバカだからさ」
その少女は、誰かの生を犠牲に、自らの死を忘れてまでもそこにいた誰かで。
「ま……こーして、思い出しちゃったからには仕方ないや」
その記憶を封じた自身よりラピスは強かったのだと、ただ微笑みかける。
もういいや――と。
赤い光を放つ目を持った少女は、達観したように笑った。
「あんたよりあたしの方が弱いなんて、癪だし」
今や躯体に負担をかけるばかりの、光の羽を少女は広げる。
少女の周囲には、鋭い刃のような炎を纏う風が吹き荒れていく。
「……ミズカ……?」
ユーオンの目には、それは炎の色の髪を持つ天の少女にしか観えなかった。
たった一つの目的のためだけに、ここまでやって来たはずの天の少女は、座り込んでいるままの人形に小さな白い手を向けた。
「まさか――スリージよりもぶち殺したい相手ができるなんてね」
「……水華!?」
咄嗟に銀色の髪で立ち上がったキラも間に合わない、あまりの思い切りの良さだった。
少女はその人形……「神」が宿り、決して手を出してはいけないはずの相手を、炎と風の刃で完膚なきまでに分断していた。
「あ――……」
ごろんと転がった天使人形の首が、不思議そうに……ただ、安らかな青い目を少女に向けた。
「……ありがと…………みず、か……」
その声が少女に届いたかもわからない内に、次の瞬間には首は、他のパーツと同じように激しく燃え上がった。
「夢は終わりよ。……お互いにね」
羽の「力」を使った反動に、少女も崩れ落ちる。人形が燃え尽きていくのを、見守ることすらできない程にすぐに。
更には天使人形から間違いなく遷り来た「神」を示すように、急速にその透明な羽を白く染められていった。
「あー……まじでコレ、いただけないわ……」
「水華……!」
苦しげに胸を掴む少女は、声の不敵さだけは凛と失わなかった。
「悪い、ユーオン……後は頼んだ。ちょっとあたしの代わりに、スリージぶち殺しといて」
キラが駆け寄ることすらも間に合わなかった。
少女は胸を掴む自身の手に、ある目算と共に最後の魔力を込めた。
「要するに――行き場がなくなれば、あんたの負けよ、白夜」
既に自らを侵しつつあった「忘却」の神。それにただ、抗うために。
命の遣り取りに乗じることで、存在を保ち続ける「神」の唯一の弱点を、あっさり少女は氷の刃で貫いていた。
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