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「……え?」  キラにとって、それはあまりに、信じられない唐突さだった。 「水……華……?」  この場で迷いしかなかったキラの直観は、少女を止められなかった。そんな展開を、欠片も把握することができなかった。  一瞬の現界で、すぐにも消え失せていった儚い氷刃。  それで自らの胸を貫いた少女が、天使人形の燃える炎の中に倒れ込んだ。その姿にただ茫然と再び膝を折り、ユーオンに戻って座り込む。 ――……えぇ? そんなぁ……!  広がる血が焦げ付いていく少女の髪を紅く染める。しかし僅かな間で傷口は凍りつき、出血も止まった。  横向きに倒れ込み、息を絶ってしまった少女の内から、「神」が急速に自らを失っていく。 ――待って――……消える、私が消える、消えるよぉ……!  自らの命を自らが奪う。命の行き先を己として消し合うことが、「神」の行き場を奪い、その「意味」を初期化する方法。  それが唯一、命の遣り取りに縛られる神を消す道だと、放心したままのユーオンも否応なく現状を悟った。 ――イヤ……助けてラピス、いかないで……!  白い「神」と、あれだけの短い遣り取りの中で、敏い水華はそれに気が付いたのだ。  そうして、自らの躯体を引き換えとした水華は、「神」に勝ったのだった。 「……ウソだろ? 水華……」  どーせあたしも、十五歳までだしね、と。  呆れながら笑うような誰かの声が、聞こえた気がした。 「そん……な――…………」  完全に燃え尽き、灰だけが残った人形だったもの。  流れた血で長い髪を紅く染め、全く呼吸をしていない水華と、独り取り残された無力でしかないユーオン。  その衝撃と事実を、受け止める暇すら与えられなかった。 「……あらら。こんな形で脱落するの? 情けないミラ」  「忘却」の影響が消えたために、ユーオン達の存在を思い出した者が、場に再び姿を現していた。  真っ先に来たのは陽炎と、その護衛たる銀色の髪の吸血姫だった。  使えないヒト、と。  開口一番に陽炎は、悪意を隠さず水華を見下ろしていた。 「貴女には、黄の宝珠を解放してもらう役目があったのに」  燃え盛る炎は吸血姫が消し止めていた。  動けないユーオンの前で、陽炎が水華の横にしゃがみ込む。 「せめて躰くらいは、何かに使えるかしらね?」  そうして水華の状態を、さらりと確認しようとする。  しかしそれを――確かに一つの願いを持って、ここまで長い時を過ごしてきた、無力ながらも一途な者を。 「……――は?」  突然背後から、陽炎の胸を何かが貫いていた。  陽炎は戸惑ったような顔で、水華の横に倒れ込んだ。 「……え?」  そうして二人もの誰かが、胸から血を流して倒れ込む事態に、座り込むユーオンはただ絶句する。  何一つ躊躇いもなく、冷酷にその手を下した者。  ユーオンはもう驚愕する力すらなく、ただ黙って、その紫暗の髪で深い緑の眼の吸血鬼を見上げていた。 「……バカね。私がいつまでも、大人しく言うことを聞いてると思ったのかしら?」  つい先程までは、銀色の髪で赤い目だったはずの吸血姫。  それが今や、年恰好がまず大人の女性となり、耳も尖らず、髪の色まで変わってしまった。無表情でもはっきりと、これまで喋れなかったはずの言葉を口にしていた。 「シルファ・セイザーが消えた以上、その子に渡していた命が、私に戻ってくるのは当然でしょう。そんな程度のことも、平和なあなたは予測できなかった? スリージ・ソイル」 「……う、あ……?」
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