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 何とか最後の力で、陽炎は横を向いた。  以前に胸を斬られた時とは違い、今度こそ確実に命を奪う氷の刃。自らの命が終わる不思議に、ただ戸惑うように目を丸くしている。  そうして一途な乙女は、何が起きたかわからないまま、長い旅をそこで終わらせていたのだった。  そして能天気な声が、続いて場に響いていた。 「おー。さっすがレイ姉ちゃん、容赦ないねー」  わざと遅れて現れて来た者。こうなることをわかっていた青闇の青年が嗤っている。 「オレもラピちゃん、死んでほしくなかったけどさ。こうなったらもう、レイ姉ちゃんに起きてもらうのがベストだしね。残念だなー……せっかくずっと、オレも見逃してたのにね?」  本来その青年は、悪魔と契約する死人の葬送が仕事である死神。  これでお役御免とばかり、あっさり寝返る青年の登場に、紫暗の髪の吸血鬼がつまらなさげに息をついていた。 「御託を並べる暇があれば、さっさとその子達を保護しなさい。少なくとも水華の体はまだ、回復可能なはずよ」 「あれ。そこまでわかってたんだ、レイ姉ちゃんてば」 「ミラティシア・ゲールとして再起はできないでしょうけどね。身体を直せば、紅の天使ちゃんくらい目覚めるでしょ」  これまでずっと、吸血鬼の女性は吸血姫を通して状況を見守り、現状を的確に把握しているらしい。なかなか動かない青闇の青年に、それ以上構う気はないと背を向ける。  ふっとそこで、吸血鬼の女性は、座り込んでいるユーオンを見つめた。 「……――」  少年が全く知らない、淡く暗い紫の髪。紅い光を放つ深い緑の眼を、しばらく不思議そうに軽く細める。 「……ありがとう」 「――え?」  ユーオンの前で吸血鬼の女性が膝をついた。目線を合わせて突然礼を口にする。 「ありがとう。シルファ・セイザー……貴方達にはラピス・シルファリーを、あの妙な『神』とやらから解放してくれて」 「……――」 「私にはできなかったことだから。私が巻き込んだあの子のことは……ずっと気になっていたのよ」  ユーオンはそこで――青闇の青年が抱きかかえていた水華を見上げ、首を強く横に振る。 「オレには何もできなかった。ラピスを助けたのは、ミズカと……あんただ」 「…………」  そうして目を合わせられず、俯いたままでいる。  そこで吸血鬼の女性は何を思ったのか、突然、強行に出た。 「――!!??」  次の瞬間、よいしょ、とユーオンは、吸血鬼の女性に持ち上げられていた。 「火の島に送ってあげる。貴方達の保護者がそこにいるでしょ」 「え――!?」 「私達にはまだ少し、ここでやるべきことがある。多分もう、会うことはないでしょうけど……貴方の妹と水華ちゃんを、今後もよろしくね」 「……――」  鋭過ぎる気配の探知能力を持った、吸血鬼の女性の言葉。  それが何を意味するのか少年は思い出し、光を失っていた剣を強く握り締める。 「これで貴方達の――長い宿題は終わりよ」  温かさは欠片もないのに、何故か懐かしい感触。見た目によらず力のある吸血鬼の女性の細い腕の中、ユーオンは抵抗する気が起きなかった。  そのまま「火の島」に送られるまで、ひたすらポカンとし、抱きかかえられていた少年だった。 「あんたが……四天王?」  最後にそれだけ尋ねたユーオンに、吸血鬼の女性が虚ろに笑う。  自分はただの、鬼となった女だと答え、すぐに去ったのだった。
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