終幕

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 にこにこと、まるで危うげに明るかった娘を真似たように笑う、紅い目の少女。ユーオンはひたすら苦い顔を向ける。 「やめてくれ。それでなくてもその口調、オレは嫌なのに」 「えぇー。仕方ないでしょ? 消えたとはいえ、白夜の抜殻は私に受け継がれちゃったんだしー……ユーオンがたまに語尾が変になるのと多分一緒だよ?」  くすくすと、すぐに何かの影響を受ける少女――「紅の天使」は、現在はそれがブームとばかりに、白い「神」の真似をするのだった。 「はわー。水華ちゃんもお元気そうで何よりですぅー」 「ありがと、お母さん。お母さんもお元気そうで何よりだよぉ」  何だこの空虚な会話。あまりの誠意のなさにユーオンは絶句する。  紅い目の少女は「地」で、自ら大きな傷を負った。  その後ディアルスから呼び出した妖精の魔女の力で、何とか体の傷だけは癒されていた。 「もう羽は無いんですねぇ? 惜しいですー、飛べないですねぇ」 「無いことは無いけど、もう光は戻らないかな。ミラも眠りたいだろうし……後は私が、自分で動くしかないのかなぁー」  あくまで虚ろな笑顔のままの紅の天使は、これまで自分で動くのがとにかく面倒で、羽の主に自我の手綱を渡していたという。 「白夜に負けて、ミラの羽が消えなかっただけでも僥倖かなぁ」  羽の主は、自身の躯体を横から動かしていた相手でありながら、それこそ良しとしていたらしい。目覚めた時から笑っていた紅の天使だった。 「まぁ当分は……私もしなきゃいけないことがあるしね?」  ちらりと屋内を見やる紅い目の少女の視線の先で、もう一人のその家の子供が、廊下を通り過ぎていった。 「ああー、もう動けるんですかぁ? 旧ピアスちゃあん!」  その姿に気付いた吸血姫が、驚いたようにぶんぶんと手を振る。子供は無表情のまま振り返り、玄関先へと顔を出した。 「…………」 「こんにちは、お久しぶりですぅー、旧ピアスちゃん」  瑠璃色の長い髪を一つに、黒いリボンで束ねる子供。無表情のまま灰色の猫のぬいぐるみを抱え、深い青の目を無機質に吸血姫に向ける。  その横でぽんぽんと紅い目の少女が、ぬいぐるみを抱える子供の頭を楽しげに撫で叩いた。 「もう喋れるくらいになったよねぇ? エルフィ」 「……」 「その躰とはとっても相性良かったんだから。遠慮しないで、思う存分使っていいんだよー?」  にこにこと、空虚な微笑みを向ける少女。エルフィと呼ばれた子供は、反応に困るような視線を向ける。 「……まだあんまり無理するな、エル」  その子供に対し、ユーオンも困った気分で笑う。  人間の躰という、最大の依り代を得ていた旧い命。それが現在、こうして存在していられる理由――  黒い柄から透明な鈴玉を失った、腰元の剣を見やる。  銀色の髪のキラから託された願いを、そこで改めて思い出していた。  その剣は、水脈を司る化け物の力を受けるために造られたもの。化け物をヒトの形とする眼か、命の力を核とする宝剣だった。  剣の柄に嵌る透明な鈴玉を間近で視て、灰色の眼の養父が静かに頷く。 「――確かに、間違いなく……あのコはここにいるな」  ある旧い命が宿った赤い鎧を、その剣は完膚なきまでに破壊していた。だから剣には、キラがそれを目論んでいた通りに、赤い鎧に宿った命が奪い取られて宿されていた。 「この剣は元々、ヒトの命を蓄える剣なんだ。だからこれなら……エルの命を受け止めて、この玉に還せたはずなんだ」
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