終幕

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 キラは、長い時を越えてここまで待ち続けた理由を初めて話す。  暗い海の底に眠りながら、守り切った一つの宝のことを、「力」を視る眼を持つ養父に伝える。 「この玉は確か……竜の眼だって、誰かは言ってた気がするけど」  黒い蛇のような柄の中心に填まる透明な鈴玉は、それもキラと同じ化け物の眼だった。本来はその場所には無く、キラが剣となる前に身に着けていたことで、剣の一部となった玉だった。 「俺はこれをエルからもらったんだけど。エルはずっとこれを身に着けてたから……これはもう、エルの眼でもあるんだ」  それは「竜の眼」という「力」。その眼を持つ自然の脅威の化け物に、ヒトの形――ヒトとしての命を与えることが本来の機能でもあった。 「確かに、この竜の眼を使えば……ラピスの体を回復させることができる」  ラピスは既に命を失っている。どんな回復魔法でも戻せない死者の身に、その眼なら再び命を与えられると養父は息を飲んだ。  遠い昔にその眼の力で蘇生した、キラと同じように。  何故人間であるラピスの体に、その「竜の眼」の「力」が使えるのか。  それはラピスの体に今、竜と縁の強い存在が混じっていたからだった。 「ラピスの中には、既に半分……ラピスを手にかけたあのコの命が、取り込まれつつある」  「神」混じりのラピスの命を奪った赤い天使。それが着ける赤い鎧に天使人形の命は宿っていた。  「神」と共存していたラピスの命を、赤い天使は奪った。ラピスの命が天使人形の元へ遷り、赤い天使の命は剣へ遷ったことで、天使人形に遷ってきた「神」に赤い天使は侵されなかった。ただ、命の繋がりだけを得て、「神」が宿っていたラピスの体に命を引き寄せられることになった。 「鎧から剣に、剣からラピスに……あのコの命がラピスの中に遷れるのなら。魂さえ戻れば……これまでと同じ『竜珠』の力と、ラピスの体を使って、あのコは人間として生きていくことができる」 「……うん。エルの命も魂も、ある場所はわかってるから……」  それがたとえ、遥か遠い昔に死した運命に逆らう無秩序。通常では考えられない、呪われた生の在り方であったとしても。 「生まれ変わりじゃなくて……本当のエルが、還ってくる」  そのためだけに、キラは海の底で待ち続けてきた。  赤い天使の魂の在処としても、灰色の猫のぬいぐるみを見定めていた。その頭の内に含まれ、黒の大きな両目を作っていたのが、竜珠と言われる秘宝だ。竜の眼よりも稀少な竜種の「力」である珠玉で、赤い天使の魂はそこに囚われ続けていた。  命と魂。そして二つの竜の宝が揃うなら、赤い天使を助けることができる。それがわかっていた己の記憶を、キラは確実に、ほぼ全てを取り戻していた。 「……ラピスは多分……それを望むと思う」  その蘇生に、ラピスの遺体を利用すること。  キラは俯きながらも、はっきりと宣言する。 「多分……そうしてくれって、ラピスなら言うと思うから」  剣を失い、眠り続けた少年の傍らで、ラピスは本当の妹の人形に遠慮しながら、ずっと少年に付き添っていた。 ――私がいたことに、一つでいいから……意味があればいいのに。  そんなラピスの嘆きを、魂無き赤い天使は確かに聴いた。  ラピスが拙い真の弱音を、赤い天使にだけは口にできたことを、少年は知っていた。
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