_月明かりの下で -side C-

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 もしも今、自身の存在する世界が有り得ない世界だと言われた場合、普通ならどう思うだろうか。  しかしここにいる少年水燬(みずき)は普通ではないため、突然現れた自称天使に、至って平静に返答していた。 「ああ、そーなんだ? んで、あんたは、その『有り得ない世界』を消したいわけ?」  暗い森で、木々の真っ黒なシルエットが夜空を切り抜く。その中で唯一、血のように赤い月明かりがとても醜い。  座り込む少年は、そんな月を背にする人影を恨めしく見上げる。  鉛色の長い髪を一つに束ねる自称天使は、悪魔の笑顔で語りかけた。 「人聞きの悪いことを言わないでね。あたしは世界を、在るべき姿に戻す義務があるだけ」  さらりと言っても狂気の沙汰だ。少年だって普段なら、こんな与太話の相手はしない。  しかし今は、少年自身が非常に差し迫っていた。 「その、在るべき姿の世界って奴なら――オレは死なないで済むのか?」  つい半時前に、少年はこの秘境の森で命を落とした。天使には死した人間を迎えに来る仕事があるらしく、人間の血を持つ少年もその範疇だったのだ。少年を迎えに来たという自称天使が、こんな話を始めるとは思いもよらなかったが。 「残念だけど、元の世界には君は存在すらしていない。その意味では死ぬこともない」  なるほど、そんなこともあるのか、と頷くしかない。要するにこの天使は今死ぬか、少年が死ぬ事実が存在しない世界か、それを選べと言っている。
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