_月明かりの下で -side C-

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 水燬・フェイ・トルア。人間と魔族のクォーターである少年のフルネームだ。  両親共が人間と魔族のハーフで、水燬の血は魔の気の方が濃い。それがわかるのはいつも満月の夜に、果てしない飢えを自覚するからだった。 「ルナティック、なんて言うけど……人間ですら狂う夜に、オレにどうしろって?」  魔の気を持つ者は大概、月明かりから力を受ける。太陽から力を受ける天使とは真逆だ。  魔の気――魔性とは、他者から奪った気血を、己の力とできる体質を言う。鬼も妖怪も、魔族に含まれる化け物は一般に魔性を持っている。  水燬は魔族だが、悪魔ではない。どちらかと言えば、魔性の本能が強い魔物だった。  悪魔と魔物って、どう違うの? 奇跡の笛を持つとはいえ、ただの人間のシルファがきいてきたことがあった。 「水燬はどうして魔物なの? 私には全然、そんな風に見えないけどなあ?」  シルファの家は西の大陸の山奥にある。古来より禍々しいものを封じるために、結界に隠された秘境ということだった。そんな里にいるせいか、人間にない瑠璃色の髪を持って生まれたシルファは、実の母によそよそしく育てられたらしい。母はいつも、父のことばかり見ていると言っていた。 「私から見たら、お母さんの方がずっと魔物だけどな。毎日毎日、かまってかまってって、お父さんが私を可愛がるのも焼き餅妬くほどなんだから。まあ、不安にさせるお父さんも悪いけどさ」  若いながら、シルファの洞察力に水燬は苦笑った。狭くて質素な部屋に、代々世話する小さな神獣といることが多いシルファは、水燬が訪ねていくと嬉しそうに迎えてくれる。冷たい板張りの床に座りながら、二人+一匹で話をしたことが何度もあった。 「……そーだよな。くれくれって、もらうことばっかり求めるのって、魔物だよな」  シルファと知り合ったそもそもは、シルファの父が水燬の母の知り合いで、水燬とその父も、水燬の実の父ザイスィも、三人とも顔立ちがよく似ているのだ。実父とシルファの父の間に何の面識も血縁もないが、母もシルファの母も、そういう男が好みなだけだろう。 「お母さん、すっかり水燬のファンなんだから。ザイさんに会ったらお父さんよりキレイだから危ないよねぇ」  それでシルファの部屋に入り浸っていても歓迎されるが、シルファは幾度となく羨望の目を向けてきたものだった。 「水燬はいいよねぇ。ザイさんもレイさんも凄くいいヒトだし、みんなに可愛がられてさぁ」  人柄の勝利だねぇ。と、バツの悪い水燬をフォローするように、気配り屋のシルファはいつも笑う。  何処が。と返したかったが、その話をするとシルファを怖がらせるだろう。仲の良いいとこ達にも隠す己の本性を、水燬は誰にも話したことはなかった。
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