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「水華は強いから……私が何言っても、傷ついたりしないから」  気を使い、優しい言葉など返さない水華だからこそ、ラピスはそれを言えた。それこそが甘えさせてもらったことだと、唯一寄りかかれた相手に、ここで誤魔化されることを拒否する。 「私は――今度は水華を殺さないと、ここにいられなくなった」 「……」 「それでも水華は……私が負けていいなんて言うの?」  真剣に、最も本来の娘らしい厳しい声色。全身全霊をかけて娘はそれを問うた。 「あんたはあんたの好きにすれば? あたしはあたしの好きにするだけよ」  あくまであっさり答える水華は、最早、今の状態の娘と問答を続ける気はないようだった。  あはは――……と。  娘はその後に……負けたくないよ、と、俯いて呟く。 「やだ……でも、独りっきりで死んじゃうのはやだ……!」  再び肩を抱き、今度は笑わず、怯えだけの表情を見せる。  ……それは本当に、娘が初めて見せた最も深い弱音だった。 「私、どうしたって誰の所にもいけないよ――……! お母さんは私が嫌いだった――お父さんは私のせいで死んじゃった……! ここにいても、私がホントは死んでるってわかったら、今までみたいにくーちゃん達も笑って一緒にいてくれない……!!」  そのためだけに娘は、求め続ける温かな周囲に、本当の意味で心を開くことができなかった。 「それならずっと、誰も気付かないでいてもらうしかない……もう誰にも会えないし、何処にもいく所がないよ、水華……!!」 「……ラピ」  静かな紅い瞳で見つめる水華を見ることもできずに、泣き叫ぶ天使人形が膝を折った。 「イヤだ、そんなのはやだ! 忘れていいから! 私なんか消していいから! 私は……こんなこと思う私は嫌なの……!」  ここにいなかったはずのラピスの望みは、ただ――  最初からそこにはいない、在るべき状態に戻ることで。 「誰にも知られずに、消えることができれば、それで……私は良かったの…………」  そのために「忘却」の神を必要とし、抗えなくなったラピスだった。 「…………」  ラピスには少なくとも一人、存在を脅かす者がいる。その迷いをもしも断ちたいのなら……ラピスがそれを望むのなら。  その時少年は、ラピスを殺さなければいけないと知っていた。 ――ラピスの敵は……多分ラピスなんだ。  それは結局、どちらを選ぼうと辛い道。だから目を伏せることしかできなかった。  このまま吸血鬼の女性から受けた命を最後まで食わせ、最悪ボロボロの人形の躯体でも娘を生かすか。  もしくは少年が「神」に侵されたとしても、人形を破壊し、神との縁を断ち切れない娘を解放できるかどうか。  娘も少年も苦痛に生きるか、共に滅ぶかの選択。  未だに迷い続ける娘を感じ、少年は動けず俯き続ける。 ――できることがあるなら……オレはラピスの力になりたい。  そのひたむきな想いこそが、娘を最も追い詰めた心だった。 ――一緒に死んでって言ったら……うんって言ってくれる?  どうせ同じ、先の無い身であるなら。  少なくとも一人は、それを頷いてくれてしまう。独りで消え切れず、天使人形を止めることができない娘の迷いの因がそこにあった。
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